ASEANと日本

 安倍政権は中国韓国との確執から逃れるように、他のアジア諸国やインド・トルコと連携を強めているようだ。しかし、日本は外交や国際的な問題において、相手の立場をもっと研究し、情報を取っていかねばならない。ASEANとの関係はそうした泥縄式の対抗措置のような結果になるのはよくない。中国は安倍首相の行動を批判している。ASEANには中国の影響力も強いのだから。今のアジアにおける政治的孤立、中国と韓国の反日連携に押されている現状が打開できていない原因が安倍首相の歴史認識の貧しさ、あるいは歴史修正主義的な姿勢にあることはむしろ、中国や韓国から見透かされていると見た方が良い。福田赳夫前首相の行動はさすがに見事であった福田ドクトリンというのがアジア諸国との関係を改善した。福田ドクトリンとはどんなものだったのか。(1)日本は軍事大国にならないとの決意のもと、東南アジア、ひいては世界の平和と繁栄に貢献していく。(2)東南アジア地域とのあいだで心と心の触れあう相互信頼関係の構築を目指す。(3)日本は対等な協力者として連帯と強靱性の強化に向けたASEANの自主努力に協力――。
 一見ふつうのことしか言っていないようにも思えるが、当時、東南アジアの国のあいだでは日本の経済的支配に対する反発が強まり、ASEANとの関係がすごく悪かった。このメッセージはそういう状況下で提唱されたもので、実際、ASEANはもちろん、世界中が福田ドクトリンを高く評価。マレーシアのマハティール首相は欧米ではなく日本に学ぶ形で自国の繁栄を築いた。シンガポールもそうだ。これは対米追随になりがちな日本の外交や国際交流に日本の自主性、独自性を発揮する方向を持つもので日本はここに隘路の打開を図るべきである。憲法第九条を蛇蝎のように嫌う面々はどう考えるのだろうか。

 1973年は戦後28年を経ていたが、世界史的には戦争が1945年に終わった事を考えると昨日の様なものである。確かに、日本は「最早戦後ではない」というスローガンを立てたが、戦場になった当時のアジア諸国にしてみればまったく通用しない論理であった。また、形は戦後賠償やODAであっても、日本企業のアジア諸国への対応は、自己中心的であったから懸念や反発を受けていた。そこで、アジア諸国への日本の立場を明確にし、アジアが戦場となった事への懺悔の気持ちを表す事が、日本に取っていかに大切な事かを思い起こさせる。それにひきかえ、安倍首相の終戦記念日の追悼文、広島長崎の弔辞などをみて、そうした戦争で日本が犯した様ざまな問題に対する発言がまったく見られないのは実に残念である。そして、今、ASEANとの関係が今後の日本を決めると行って良い。ASEANの本部はジャカルタだが、リーダーシップはマレーシアが大きな影響力を持っている。親日国家でもある。日本のアジア政策は中国、韓国は大切だが、マイナス面も多い。軸足は東南アジアで行くべきだ。
 かつて、日本企業はすでにそうした戦略で戦後活動してきた。この10年の中国の急成長に目を取られ、進出するのは自然のなりゆきだが、動機はあくまでも経済利害である。中国は日本に対しては信頼感が薄い。むしろ、ドイツやフランスに対する親近感が強い。あまり対抗意識を燃やす事は無い。ASEAN諸国も中国との貿易で潤っている。そしてその急成長ぶりに日本は乗った方が良い。中国や韓国との関係に対しては、あまり利ばかりを考えずに彼らの望むところを中心に「対応」する。特に、慰安婦問題や南京事件など、黙殺するくらいでいいのではないだろうか。日本の歴史修正主義的な動きを公的な立場が行うことの反発が今日の事態を招いている。もちろん言論での論争は自由である。

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by katoujun2549 | 2014-08-19 07:43 | 国際政治 | Comments(0)