ホロコースト・スタディーズ ダン・ストーン著白水社

 この本から、ナチズムとホロコーストの関係が鳥瞰出来る。ホロコーストと一言でいうにはあまりにも多様で、原因、その背景は様々な歴史的、地理的、国家的ひろがりがあり、何処から手を付けて良いやら分からなくなる程、20世紀の大きな出来事であった。ホロコースト・スタディーズ ダン・ストーン著(白水社)はホロコーストの研究がどのような地平に至っているかをみることが出来る貴重な著作である。

  ドイツにおいて、かつて、多くのインテリがナチ党員であった。特に、医師が多かった。ナチの理論を支えたのが優生学であった。この研究者から、アウシュビッツの恐怖の医師、メンゲレも育った。
優生学と人種衛生学の概念が最もよく当てはまるのは、ナチにより「障害者」「よそもの」「反社会的」とされた人々であった。ドイツ国民の福祉のために「障害者」「常習的犯罪者」娼婦、同性愛者、浮浪者、そして「ジプシー」がターゲットになった。医師の45%がナチ党員、25%が突撃隊員で二番目に多かった弁護士の25%が党員であった事を超えている。 180p ナチス時代の医学とは、常に、何よりも、選別を意味していた。生物学的に劣等なものは民族体から排除されねばならず、そうすれば民族のより良い将来が約束された。個人は意味をなざず、無慈悲に断種され、安楽死され、医学で殺された。アウシュヴィッツは医学による選別の最たるもので、決して医学からの逸脱ではなかった。だから、医師達が台に立ち、50才以上の男性、45才以上の女性をガス室へと選別したのだ。ヨーゼフメンゲレは最も頻繁に台に立った医師であった。彼はドイツ医学における選別の象徴なのである。184P
ナチスのガス室は断種と安楽死から始まった。「生きるに値しない人々:病人、老人、障害者」の殺害で始まり、ホロコーストで終わった。

緻密さとナンセンスの混合:ゲットーのユダヤ人は様々な人種が混ざっているといいながらユダヤ人は外見で分かるとしている。研究所における人類学者のリサーチは全く意味がなかった。あれほど村々を回ってデータを取ったのに、分析はほとんどなされなかった。もちろん、できるはずもなかった。ユダヤ性を測る、標準基準など存在せず、従って、形態学的な測定からいかなる結論も導く事ができないのは当然だった。仮にデータから推論できたとしても、人類学者達は最も簡単な統計処理の仕方も知らなかった。183P
T4作戦により、ドイツ国内の障がい者、精神病患者などがこっそりと殺害された。これが後にユダヤ人やロマの抹殺に至る原点である。T4作戦の意義はカモフラージュや殺害の技術にあるのではなく、周辺に押しやられた無防備な人々の殺害が、国民の大半により、公然にも、また、沈黙のうちに受容されたという明白な政治的成果であった。従って、抹殺計画が続行しても、ドイツ国民はこの政策に暗黙裡に国家の指導者が結論しても驚きではない。もし、自分の身内が殺されても講義しなかったのならば、もちろんユダヤ人やジプシー、ロシア人、ポーランド人が殺されても、彼らから抗議など期待も出来なかったであろう。P192

ダーウィン主義と人種論、さらに優生学から宗教的な神秘主義、1000年王国論などが一直線につながっているということは忘れてはならない。ホロコーストが一体なぜ起きたのかというのは、21世紀に入り、この事件を歴史的検証の領域において議論されるようになってきた。歴史の中ではヨーロッパの植民地で多くの虐殺事件があり、これとらとの連続性が検証されるようになった。「モーゼスの出発点は私がこの章の初めで述べた点にある。ホロコーストは反ユダヤ主義が原因であるという意図派の指摘は悪くはない。しかし、ヨーロッパ諸国の大半とは異なり、ドイツ版の反ユダヤ主義がホロコーストに行きつくには何かが起こったに違いない。」「1918年から1920年に植民地主義者が抱えたトラウマは、二度と内なる敵によって国家が転覆され、敗戦することがないように、ドイツ人に極端な手段へと訴えさせたのである。」現在、ホロコースト史学とジェノサイド研究が相互に影響し合いながら発展しつつある。ジェノサイド研究は歴史へと目を向け始めた。ホロコースト研究においてはこれが唯一無比であると言う主張は歴史的解釈というよりは倫理的な立場であるという認識に至った。さらにこれは比較研究の中でなされるべきなのだ。レムキンの著作は再び脚光を浴びたことと、入植地でのジェノサイドが議論されるようになったことの背景には、ある意味でのホロコーストのグローバル化がある。これは殺害の初期の段階しか当てはまらないが1941年あるいは42年の時点での東欧でのユダヤ人の殺害ー市の収容所が本格的に稼働する以前は、植民地の掃討であったという認識は西洋の歴史においてナチズムが占める位置に対する歴史家の認識を変えた。さらに一方ではユダヤ人の殺害は東欧の住人に対するジェノサイドの一部に過ぎなかったが、他方ではナチのユダヤ人に対する姿勢とスラブ人に対する姿勢とは違いがあることもわかった。ユダヤ人だけがすべて殺される運命にあったのであり、ドイツが植民した地域だけではなく、ヨーロッパ全域で絶滅される予定であった。ホロコーストはナチの空想の中の戦争であった。我々は人種科学、技術、官僚制といった近代的なテーマが、陰謀論や神秘主義、「血でものを考える」といった超越的なイデオロギー的暴力と一体化する様をみる。我々がホロコーストに恐怖を感じるのは、その手段が現代においても馴染みあるもの、人口調査、人間の分類、医療化、生権力などにあるためで、また、我々の合理的な生活が実は呪術的な考えに毒されており、状況によってはこれが悪用される事態を日常的に目にしているからだ。たとえば移民がもたらす病気を信じたり、衛生崇拝、身体文化への強迫観念等があげられる。これはロマが「破壊」を経た後も同じような体験を強いられている事実は反ユダヤ主義の否定が戦後ヨーロッパの合意の中で中心的部分をなしてきたことを思うと実に「驚くべきことだ。」285P

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by katoujun2549 | 2014-03-14 15:38 | 書評 | Comments(0)