ヒトラーとユダヤ人(講談社現代新書) [新書] 大澤 武男 (著)ーナチスの犯罪

ヒトラ-とユダヤ人 (講談社現代新書) [新書]
大澤 武男 (著)

 今更ナチスの犯罪行為について何おか言わんやだが、最大の犯罪行為、ユダヤ人絶滅をドイツが国家として取り組むに至ったのかについて謎の部分が今なお多い。この偏執的な政策を誰が主導したのかは明らかにヒトラーだが、ヒトラーの政策の推移を研究し、この本で明らかにしようと試みた。ヒトラーがその人格形成で反ユダヤ思想を持つに至った過程、そして、妄想ともいえる偏った考えをさらに進め、「我が闘争」で構想した事が、世界大戦の終盤に至り、開花するまでのいきさつである。歴史は繰り返す。ヒトラーが行った愚行はユーゴスラビアや、北朝鮮、今の原理主義イスラムテロでも形を変えて繰り返されている。彼の論理は、被害者意識とか、一方的な思い込み、議論の拒絶、誤った歴史認識など現代政治の世界では存在し共通している。
第二次世界大戦はドイツでヒトラーが台頭しなければあのような形では起きなかったし、あれほど巨大な犠牲者を出さずにすんだであろう。ヒトラーという狂気の思想ー思い込みが600万人というユダヤ人の犠牲を生んだ。ユダヤ人以外にもロマ、ロシア人捕虜、政治犯の犠牲も膨大であった。ヒムラーやゲーリング、ハイドリッヒ、ゲッペルスといった取り巻きが引き起こした事の根幹をなすのがヒトラーという特異な個人であったことがこの著者の言いたかった事である。ヒトラーは政権を取った直後は反ユダヤ政策がアメリカをはじめとする諸外国からの非難を受け、経済活動、特に輸出に悪影響を及ぼす事を懸念し、むしろ、ナチス幹部からの突き上げを受け、なだめる立場であった。しかし、彼はじっとユダヤ人排撃の機会を窺っていた。

 ヒトラーも政権を取った初期においては、ユダヤ人を抹殺すべきと思ってはいたが、それはドイツをユダヤ人のいない国家にするためであって、彼らはどこか他の地域に追放すれば良いだけのことであった。実際、ポーランドに侵攻する前には、多くのユダヤ人ー特に富裕層は国外に脱出している。ところが、第二次大戦となってポーランドや東欧諸国、さらにはソ連に勢力を拡大するに至って、膨大な数のユダヤ人を抱え込むことになった。この問題を解決するために、絶滅収容所が建てられ、アウシュビッツ、トレブリンカ、ソビバー、ヘウムノといった殺人工場が建設された。ナチスの台頭でオランダやフランスに逃れたユダヤ人も行き所を失って収容所に送られた。犠牲者は行き所のない貧しい層と被占領地のユダヤ人であった。また、ドイツ軍は占領地でのユダヤ人狩りを行い、戦争遂行の妨げになると思い込んだユダヤ人を大量虐殺した。有名なのがキエフを占領し、数日でSSが3万人を銃殺したことである。さらに、スターリングラードの敗北以後、ヒトラーは敗北という悪夢に日々苛まされ、その矛先はユダヤ人に向けられていった。
 その狂気ともいえる殺戮はハイドリッヒ、ヒムラー、アイヒマンなどのナチス官僚のヒトラー忠臣グループがヒトラーの「支持」を得て行った。ヒトラーは細かい指示を敢えてお行うことなく、取り巻きの官僚達に暗示的な命令によってこれを実行した。ナチスの幹部達は結果的にヒトラーの「指示」に従ってこれらを実行した。その数は590万人〜525万人と推定される。

アウシュビッツ看守達の慰安旅行 皆20歳代の青年だ
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証拠隠滅のため破壊された死体焼却場

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 一人の夢想家の邪悪な偏見から一つの民族が絶滅させられようとした。さらには、独ソ戦やヨーロッパ戦線での犠牲者をあわせると4000万人ともいえる膨大な死者を生んだことになる。戦争の歴史的意味ではむしろ第一次世界大戦が世界史の転換点だったが、その結果が大量殺戮の第二次世界大戦であった。ドイツ自身も660万人(戦死335万人)という死者を出した。特に、二十代か三十代の若い層男子が極端に減少し、女性の結婚相手がいなくなってしまった。さらに、終戦後、チェコやプロイセン、ポーランドなどにいたドイツ人は悲惨な追放と殺害によって戦後も50万人以上が殺された。悲惨な歴史となったのである。1944年7月シュタウフェンベルグのヒトラー暗殺失敗後、10ケ月の間、民間人含めて300万人が犠牲になった。そこでヒトラーが死に、戦争が終われば、助かった人々の数であり、ユダヤ人も含めればもっと多くの命が救われたはずであった。

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by katoujun2549 | 2013-11-03 00:02 | 書評 | Comments(0)