服部龍二著 「日中国交正常化 」 中公新書

 服部龍二著 「日中国交正常化 」 中公新書

 尖閣諸島の問題は容易には沈静化しない。その理由が本書で少しは分かるように思う。40年という歳月は社会の世代交代をも意味する。その世代交代の中で、歴史が継承されていない。当時の政治家がいかに言葉を選び、中国との交渉に当たったのか。今も変わらない問題を抱えている。それを忘れたかのような政治家とマスコミの無責任な言動が、この本を読むと分る。40年前から尖閣諸島の領有権は中国としては石油利権の問題として捉えていた。周恩来はこの問題をニ国間で解決するのは当時の限られた時間では無理とみて次世代の知恵に委ねるとい名セリフでパスした。当時は中国としてはソ連の脅威に晒され、そこで米中首脳会談そして日本との交渉へと進んだのである。中国もこの交渉は失敗が許されない状況であった。ソ連の脅威が薄れ、経済力も世界第二の大国となった今、中国は尖閣諸島の領有権を持ち出す好機と見た。彼等は国民教育も含め虎視眈々と布石を打っていた。

 この問題の大きな背景を見失うわけにはいかない。奇跡ともいえる成果をもたらした日中国交回復での時の運、そして人の縁も忘れることが出来ない。田中角栄と大平正芳、そして毛沢東と周恩来という首脳と多くの外務省官僚達が見事に役割をはたした。政治家が官僚を使いこなし、官僚も能力をふるに発揮した。素晴しい日本のパワーが開花したのだ。今はどうだろうか、人材がいない。歴史観もお粗末。この惨状である。
 この本で知ったのだが、当時、台湾との交渉が並行して行なわれ、特使であった椎名悦三郎一行は台湾のデモ隊に囲まれ、材木で車を壊されたり旗を奪われたりした。まさに官製デモであった。これと同じ事が今回も起きたが、マスコミは当時の台湾のことを一切説明しない。日本は中国との国交の代りに台湾を無視せざるを得なかったが、見事に民間ベースの交流は維持している。これはアメリカおも唸らせる外交工作であった。

 本書では当時のの姿がドキュメンタリーとして語られている。周恩来はこの条約を結ぶにあたり毛沢東との調整、当時は4人組も健在だったが上手にまとめた。その最大の恩義は賠償請求の放棄である。この本に登場する政治家、椎名悦三郎、竹下登、多くの外務官僚たちがもうこの世にはいない。あの台湾派だった青嵐会の中川や浜田幸一渡辺美智雄も世を去った。残っているのは、神の国発言の森喜朗、そして石原慎太郎が、軍国主義者として、当時の努力を踏みにじっている。彼等がどれだけ中国を相手に苦しい交渉をして来たか。井戸を掘った人々の苦労を偲ばねばならない。日本は中国との関係を無視しては生きて行けない経済になっている。いくら、ミャンマー、インド、ベトナムといってもまだまだ限界があるのだ。もちろん中国がダメなら地政学的には不利な方向で頑張らねばならないだろう。当時、一番の難題は台湾の位置づけをどうするかであった。尖閣問題を考える上で、今後の台湾との関係と、ロシアとの北方領土が中国の態度を決定するだろう。これらを上手くやるほど彼等は動きにくくなると思う。このあたりに鍵があろう。小を捨てて大を取る工夫である。日中国交回復時に取り残した台湾との関係をどう処理するかが尖閣列島に関しても言えるのではないか。台湾は当面は領有権よりも漁業権を主張しているだけのようにもみえる。彼等の漁業権を認めて味方に取り込む事も作戦上悪くない。これを領有権の放棄と見るのか、マスコミの見識も求められよう。


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by katoujun2549 | 2012-10-05 23:19 | 書評 | Comments(0)