日本国憲法は押し付けられたのではない

日本国憲法―平和憲法は押し付けではない。

昨日、NHKの番組 石橋湛山と、民本主義の吉野作造について特集を組んでいた。誠に感ずるところの大きな内容であった。Eテレ特集シリーズ「日本人は何を考えてきたのか」第六回大正デモクラシーと中国・朝鮮である。姜尚中氏(東大教授)松尾尊充(京大名誉教授)増田弘(東洋英和教授)の対談もよかった。
 
 日本の右翼、国士ぶった石原慎太郎や桜井よし子などが憲法改正をしきりに唱えて産経新聞などを読むと、明日にも憲法改正案ができそうな論調だが、とんでもない話だ。今の日本国憲法に関しても自由民権運動以来の長い話がある。彼らはマスコミを使って、大した憲法知識もないのに、やたら発言している。要するに、憲法第九条と天皇陛下の地位に関する部分を目の敵にし、小学生も知っている民主主義や基本的人権が憲法によってどれだけ守られてきたかに関しても批判の矛先を向け、たたきつぶそうと画策している。彼らは人間的にも偏屈な人々で、つまらないことにこだわる連中だ。領土問題などその典型で、彼らはこのことが国民感情を刺激し、勇ましい発言をすると人気が上がるのを知っている。近隣との境界問題とか、電車の中のマナーなどでエキセントリックになる人がいるが、その類だろう。 さらには、自己主張の強さに反比例して他人の心を踏みにじることには鈍感だ。石原都知事の横柄な発言を見ればわかると思う。人間の自由とか、人権という感覚が希薄なうえに、やたら攻撃的な論調で自分の存在感をアピールし、本の売り上げを伸ばし、金を儲け、権力を手にしようというえげつない連中である。

 我が国の憲法は日本がどん底の時に作られた。当時は幣原喜重郎が首相の時、終戦処理ということともあり、マッカーサーの顔色をうかがいながらの情けない状態の日本であった。そこで日本政府は、政府として正式に憲法に関する調査研究を開始することとし(担当大臣は松本烝治国務大臣)、同年10月25日には松本を委員長とする憲法問題調査委員会(松本委員会)を設置した。ところがその案は 保守的かつ理念がお粗末でマッカーサーらGHQには全く相手にしてもらえない、情けないものであった。その前に、鈴木らの憲法案がGHQの賛同を得ており、彼らの作業は既に始まっていたのだ。政府はそのことが癪で仕方がないから、こうしたことをひた隠しにしたのかもしれない。官僚というのは執念深く、女の腐ったようなところがある。

 石橋湛山は日蓮宗身延山の高僧久遠寺83世法主のもとに少年期を過ごしたのであったが、甲府中学(現甲府一高)時代に校長の薫陶を受けたことが、後の自由主義的な発言や行動の原点であった。その校長大島正健はクラーク博士の札幌農学校の一期生であった。だから、石橋湛山が、甲府一高の学生に揮毫した言葉は、墨で書いた「Boys be ambitious!」であり、いかにその影響が強かったかが分かる。また、石橋湛山は日中国交回復の礎となった活動を田中角栄の外交の前に行ったのであり、田中角栄はそのことを訪中前に既に病床にあった石橋を訪ね敬意を表し、当然このことは中国での周恩来との会談においても触れていた筈である。日中国交回復の時に、井戸を掘った人というのは石橋湛山であり、日韓平和条約のときは吉野作造である。

 吉野作造は民族自決という第一次世界大戦後の世界の流れを敏感に察知し、朝鮮半島や満州の日本の政策を批判、朝鮮の3.15運動に関わった韓国人と深く親交を続けていた。吉野作造の民本主義は、戦後、我が国の新憲法作成に花開いた。その弟子である鈴木安蔵博士がその後継者であった。
東京大学教授の鈴木安蔵が、日本の敗戦後、GHQに対して、日本側の憲法案を提案し、その骨子に賛同を得、骨子を取り込んだ形で、新憲法が作成された経緯を何故、マスコミは国民に明らかにしなかったのだろうか。今回のNHKは大ヒットである。彼は、自由民権運動の植木枝盛の研究、世界の憲法を比較研究し、当時の日本では、もっともリベラルな意見を持ち、平和日本にふさわしい提言をまとめた。占領軍は何もない状態からあの短期間で日本国憲法を創案したのではない。
日本国憲法を占領軍の一方的な押し付けであり日本国民の自主性が無視された形で成立したかのような主張が、近年の改憲論者においてまかり通っている。とんでもない間違いである。これには悪意すら感じてしまう。

 日本国憲法発布を当時の国民は歓迎したのみならず、この骨子は、明治時代から連綿と引き継がれた、自由主義、主権在民の考えを反映したもので、世界の憲法においても優れた見識を示すものだった。戦後まもなく鈴木安蔵を中心として、高野岩三郎、森戸辰夫ら戦争中弾圧を受けた民間人による「憲法研究会」が作成した画期的な憲法草案が、実はGHQが憲法案をつくる際のお手本となっていたという事実を何故か表に出そうとしないのが政府であり、右翼どもである。確かに、鈴木安蔵はマルクス主義であり、彼らとは相いれない部分があり、自分も意外であったが、その根本的な部分、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という基本原則は借り物ではない。

Wikipediaによると
この案が新聞に発表された5日後の12月31日には連合国軍総司令部(GHQ)参謀2部(G2)所属の翻訳通訳部の手で早くも英訳され、詳細な検討を実施したGHQのラウエル法規課長は、翌年1月11日付で、「この憲法草案に盛られている諸条項は、民主主義的で、賛成できるものである」と評価し(1959年にこの文書がみつかった)、翌1946年1月11日に同案をたたき台とし、さらに要綱に欠けていた憲法の最高法規性、違憲法令(立法)審査権、最高裁裁判官の選任方法、刑事裁判における人権保障(人身の自由規定)、地方公務員の選挙規定等10項目の原則を追加して、「幕僚長に対する覚書(案件)私的グループによる憲法草案に対する所見」を提出、これにコートニー・ホイットニー民政局長が署名しいわゆる「ラウエル文書」が作成された(以前からGHQ草案を基にした憲法が制定後、憲法研究会の「要綱」と似ていることが早くから指摘されていたが、ラウエルが「要綱は民主主義的で賛成できる」と評価した文書の発見で、要綱が大きな影響を与えたことが確認された)。

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by katoujun2549 | 2012-07-09 15:06 | 国際政治 | Comments(0)