心臓バイパス手術 天皇陛下は大成功

 心臓バイパス手術は今や国内で年間1万5千件も行なわれ、成功率98%となっている。三井記念病院では死亡例はH18年で、3年に1回、0.3%ということであった。その患者さんは虫歯から菌が心臓に回って亡くなられたとのこと。そのため、虫歯の治療は必須となっている。バイパスは心臓の冠状動脈が2本以上狭窄している患者が選択する事が多い方法である。狭心症の治療では狭窄個所が1本1カ所であればPTCA(カテーテルによる治療)により、螺旋形状のステントを狭窄部に入れて拡張する方法が循環内科で行なわれる。最近は血液を固まらないようにする薬剤が形状記憶合金から出る素材があり、2カ所でも循環内科で治療できる。その為、心臓外科と、循環内科がその効果に関しては、術後の経過に関して今も、論争があり、どちらも譲らない。今回の天皇陛下のことで外科が脚光を浴び、外科はしてやったりといったところ。しかし、狭窄個所とその程度によって判断され、重症にはバイパスの方が後の結果は良いといわれる。今日、天皇陛下は4時間半で2本のバイパスを形成したが、これは流石に順天堂大学病院と東大病院の合同チームという最高の権威による手術てあり、その手術時間の短さなど、流石である。東大は心臓バイパスでは必ずしもトップではないから、適切な選択をしたということである。特に、血管縫合は職人技で大学とは無関係といってもよい。経験が全てで、むしろ、権威主義的なところは若いうちに手術経験が乏しいことがある。背に腹は代えられないということでしょう。 
 小生は今から9年前、三井記念病院でバイパス手術を受けた。3本のバイパスを天皇陛下と同様、オフポンプで心臓を動かしたまま、内胸動脈と、左橈骨(とうこつ)動脈をグラフト(バイパスに使う血管)に使用する手術で7時間の手術であった。心臓バイパス手術はだいたい、1本に2時間、その他の作業に1時間で4本であれば9時間になる。天皇陛下の場合、普通より1時間程早かったのではないだろうか。また、出血が少ないということは、執刀医が血管の位置を熟知しており、メスが血管を避けた結果と止血も上手だったのだろう。このあたりの医師の経験と技能には差がある。最も重要な、血管の縫合はまさに職人技である。接合部を奇麗に繋げる人が名人、糸を結合したところが団子状になって、猫の手みたいになる医師もいる。一本縫うのに5分とかからない医師もいるし、何十分もかかる場合もある。猫の手を作る程度の腕でも、テレビに出るとスーパー心臓外科医として紹介されている。順天堂の天野先生は、まさに、この世界でゴッドハンドといわれる人なのである。
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 天皇陛下は以前、東大病院で前立腺癌の手術を受け、その際、輸血用血液を採血し、冷凍保存してあり、これを捨てるかどうか問題になったようだが、今回は出血も少なく、その血液を使う事も無かったようだ。このバイパス手術に関してはかつて20年前は、東大病院でも、手術が成功しても、その後の再狭窄などで、病状が悪化して、数年で亡くなるケースが多かった。これらは成功率に換算されてしまう。実際は患者の病状に応じた成功率が真実の姿なのである。狭心症になる患者は多くが糖尿病や腎臓病になっている。そのため、入院しても手術に入れなかったり、血糖値を下げるために、数週間の入院を余儀なくされることも多い。手術後は2週間くらいで退院する。原則として、安静時血糖値が100以上だと術後の傷口がくっつかないため、回復が遅く、合併症の原因にもなる。外科はこの数値にこだわる。内科の領域である糖尿病そのものには関心が無いらしいが、そもそも、糖尿病で高齢の場合、血管がぼろぼろで、2ミリほどの血管を結合するときに、縫合時に血管が破れたり、術後の治癒や再狭窄のリスクも高い。病院評価でも実施件数と成功率だけが問われるが、実際は問題はその患者の状態にある。救急患者であれば、バイパスは行なわない筈。バイパスには準備が必要でこれが出来るのは幸せである。急患は恐らく血管造影検査を行ない、ステントを入れて一時しのぎするだろう。

 バイパス手術で直前に打たれた筋肉注射は鎮静剤のようだが、とても痛かった。手術前に麻酔医がどんな音楽が好きですかというので、2001年宇宙の旅にあやかり、「美しく青きドナウ」をリクエスト、しかし、音楽が聞こえ始めると、あっという間に目が覚めて手術が終わっていた。7時間が無意識のうちで、まさに死んだ状態。また、手術直後は、じっとしていれば切ったところは大した痛みではなかった。ただ、少し動くと痛いのと、人工呼吸器を抜くときに息が詰った感じがたまらなく嫌だった記憶がある。ICUに入る時に運搬ベッドをガツンとどこかにぶつけて、壊してしまった。乱暴な看護師だ。そこで、ベッドを交換というより、ヨイショと体を持ち上げられて隣のベッドに移された。ウヒャー痛あー。その後ICUや回復室での安静状態は退屈なだけで鎮痛剤が効いている限りは苦しくなかった。鎮痛剤はロキソニンで4時間ぐらいで切れてしまう。2日後から数日間、肺に痰が溜らないように、ネフライザーで吸引し、咳をしてこれを出すが、切った傷を刺激してとても痛い。恐怖の咳である。これを1週間以上かけて続けた。開胸する時には、真ん中の胸骨を開いて、ジャッキのような金具で開くので、体側のあばら骨が痛かった。胸骨はチタンの針金で結ばれる。咳をすると切った骨の位置に激痛が走るのである。とにかく、手術後は体中、首から胸、腹、腕などに9本も管がついていて、身動き出来ない。体腔内に溜った血や体液を排出するドレーンとか、首の頸動脈にも針が刺さっている。苦しいことも多いから、やはり二度と体験したくないことである。2週間で退院出来たが、麻酔のせいか、半年程は体がだるくて、元の体調に戻るには結構時間がかかった。過ぎてしまえば、大した事なく、上手くいったといえるが、生死の境を彷徨うわけで、やはり大変な出来事であった。

 
 

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by katoujun2549 | 2012-02-18 21:24 | 医療介護福祉 | Comments(0)