太平洋戦争最後の証言第二部 陸軍玉砕編 門田隆将著小学館

太平洋戦争 最後の証言 第二部 陸軍玉砕編
門田隆将著 小学館

 大平洋戦線で、陸軍は165万人以上の戦死者を出した。この本の取材対象はニューギニア、ガダルカナル、インパール、サイパン、レイテ、ルソン、硫黄島、沖縄、守占島などである。著者の門田隆将氏は100人を超える、今は80歳台後半から90歳以上になる、激戦地での生き残り元兵士にインタビューし、その証言をこの本にまとめている。1人の死は悲劇だが100万は単なる統計に過ぎないとはスターリンの名台詞だ。ちなみに、これはE・M・レマルクの「黒いオベリスク」(山西英一訳、河出書房新社1958年).「たったひとりの死者は死であるのに、二百万はただの統計にすぎない」からスターリンが引用したもの。
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 門田隆将氏は、100人の証言を統計から解きほぐし、物語にする作業に取り組んでいる。そこには膨大な悲劇が埋もれているのである。名も無き兵士達が語った出来事を知り、我々は歴史通念を見直せるだろうか。この生存者達は、玉砕の島で戦い、捕虜になった。多くの悲惨な場面に出会って、最後まで生き残った人達はそこから生還したため、何度も地獄を味わったことになる。輸送中、魚雷攻撃で一瞬にして水死した場合の恐怖体験はその時であるが、ある兵士は生き残り、サイパンでさらなる地獄を体験した。

 何故生き残ることが出来たのかという著者の問いには、彼等なりに答を見出そうとしているが、結局のところ、共通しているのは運ということであった。確かに生存率3%の為には運がなくては無理だ。でも、それだけだろうか、何故生き残れたのか、という問いをこの証言から導き出せるであろうか。ある兵士は野球で鍛えた体力という。また、ある方は、戦死された上官の配慮で後方に回されたこと、また、自分を助けてくれた戦友は自分の身代わりになって帰らぬ人となった。そのために、証言者は一生忘れ得ぬ感謝と生き残り、捕虜になったことへの申し訳ない気持に苛められて来た。激戦地では兵士達は助け合う。生き延びる為にそこに知恵が働き、乏しい食料も分け合う。かつて、アウシュビッツの生還者ユダヤ人学者フランクルはその著書、「夜と霧」で、千分の1の確率で生き残った人々は希望を失わなかった人だという。過酷な環境では希望を失ったものから死んで行った。希望を持った人々は互いに支え合い、分かち合う心を持っているのである。

  塹壕の出来事を実際に体験した人は語らないという。それは、敵を殺す事もあれば、戦友を庇う事が出来ずに生き残った事、時には逃げたり、負傷して責任が果たせなかったり、強い後悔と罪悪感が心を責め続けるからである。語っても、分ってもらえっこないのではないかという恐れを抱くのである。この本で証言されているのは、戦死された戦友に対する思いと、これまで語れなかった残酷な死の姿であった。戦後、戦没者の遺族、親や妻、子供が元気な時に、その証言をすることを憚ったであろう。それだけ、戦友達の最後は無惨だった。実際、銃弾での戦死者よりも、撃沈された輸送船で無念の死、そして、餓死者が多かった。まさに地獄そのものの戦場で生き残る為、泥水をすすり、敵兵の血を飲み、傷口には蛆がわいた。そんな兵士の姿を見ぬふりをして酒を飲み、芸者遊びまでしていたインパール作戦の責任者無田口中将は戦後も非を認めず亡くなった。

 大日本帝国陸軍の優秀な兵士達が何故そのような犠牲とならなければならなかったのか。この問題は東京裁判でも裁かれていない。インパール作戦の無謀な計画立案者と司令官、ガダルカナルを餓島とした参謀、サイパンを見捨てたことを現地に知らせなかった大本営など戦争遂行責任者の無責任、無能は枚挙に暇が無い。その結果、前線では何が起きていたのか。歴史的に出来事としては明らかにされているが、それでは真実は伝わらない。アメリカ映画「Pacific」では蛆と死体で溢れた水たまりに嵌って驚く海兵隊員の姿があった。日本映画ではこのようなシーンは見られない。また、日本側の資料は極めて少ないだろう。証言によらざるを得ない事が多くある。実際に起きた事は聞くに耐えない程の凄じさである。我々が学んだことがある太平洋戦争はアメリカから見た歴史にもとづくものだし、我々の知っている戦争も、あの参謀達の頭の中にある姿に過ぎなかった。この証言集は我々を地獄の門へと導く。

 戦場の実態を、我が国のメディアは実は遠回しにしか伝えてこなかった。沖縄戦を描いたひめゆりの塔、大岡昇平の野火といった戦争映画や文学でも描く事が出来なかった。最前線で戦った多くの兵士は戦死され、語る事ができない。この本でも硫黄島での生き残りは搬送担当衛生兵や療養中の兵士であった。それも九死に一生である。
 また、戦争直後の記憶が生々しい時代には、戦争を語ることが忌避されていた。軍国日本に関わった多くの人々や元の指導者にとっては都合が良く、傷ついた国民も忘れ去ろうとした。勿論、アメリカに対する外交的配慮や圧力もあった。こうした過去を葬り去りたい人も多かったのである。イギリス軍のインパールでの残虐行為、米軍側の犠牲など、敗戦国の立場から陽の目を見なかった事実もあった。教科書の記載、表現問題は喧しいが、実態として学校では歴史の授業でもこの近代史までは教えない。もっぱら新聞や映像でまなんだものだ。多くの国民は体験者のつぶやきから知っていたのだ。真実を隠すことができない。この本での証言はもの凄い迫力だが、実は全く聞いた事が無いような内容ではない。何が起きたかは推測出来たし、知っていた日本人は多い。それらが風化しつつある今、門田氏は敢えて証言をもとにこの玉砕編を書いたのである。


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by katoujun2549 | 2012-01-22 00:38 | 書評 | Comments(0)