経済古典は役に立つ 光文社新書 竹中平蔵著

経済古典は役に立つ 光文社新書 竹中平蔵

 アダム・スミス、マルクス、マルサス、リカード、マーシャル、ケインズ、シュンペーター、ハイエク、フリードマンといった代表的な経済学者を取り上げ、彼等の生い立ち、エピソード、時代背景、そこから生まれた考え方・理論などを分かり易く解説してくれる。これだけの経済学者の理論を新書にまとめあげた竹中平蔵氏の力量を感じさせる。また、彼は功罪あるにせよ、財政担当大臣として、小泉政権を見事に支えた。経済古典を彼は役立てた政策を行なったのだろうか。小渕内閣時代経済再生会議における政策立案の中心として活躍し、理論派として政策を実行した希有な人物である。シュンペーターによると、資本主義は絶頂に向い、その後、内部崩壊して社会主義に落ち着くんだそうです。資本主義が成功して、所得が向上し、ゆとりができると、批評家ばかりが多くなって、折角のイノベーションを潰しにかかる。何だか、竹中氏が大臣をやっていた時の恨みつらみのような感じもあるのだが。少子化、高齢社会なども予測されている。竹中氏はケインズを尊敬しているみたいだが、シュンペーターに親近感がある印象である。とはいえ、もし、政治家がi現代に当てはまるからと言ってシュンペータのような台詞を吐いたら、散々叩かれるだろう。彼が政治家としてはあまり成功しなかった理由がその辺にありそうだ。

 小泉改革は政策目標として見事な内容だったと思うが、政府の実行レベルにおいては多くの無理があり、竹中氏は政治家やマスコミからアメリカ化を図る米国の手先とか言われた。改革の痛みについて無神経なところを突かれた。市場経済の原理や経済自由の原則によって政策を立てること自体は間違ってはいなかった。ただ、政府の介入と規制緩和の実施機会を誤った部分はあるだろう。功罪あわせた結果は彼の合理的精神の所産であったと思う。我が国では合理的な目標を実行する為には機の遠くなるような多くの利害関係人を説得し、調整しなければならない。それが出来ないと散々な目に遭うのである。学者にはそこが苦手で出来ない。彼はCool head だがWarm Heart ではなかった。結果的に不況の脱出はならず、郵政改革も中途半端、それも無作為で抵抗したに違いない官僚の責任だろう。部外者のリーダーシップに抵抗する彼等のやり口で自分達の業績にならない事は骨抜きにしようとする。毎年3万人の自殺者がでていることは小泉改革以降顕著なのであるが、これは官僚がきちんとセーフティネットを用意しなかったからだ。

 官僚にせよ、経済界のリーダーにせよ日本は理念とか目標に対する仕組みづくりは下手くそである。経済学の古典を理解して政策に関与したその結果が現在の経済状況である事は残念である。これは彼の責任ばかりではない。例えば労働者派遣法の規制緩和が経営の合理化には役立つが、労働者の権利を損ね、低賃金や雇用の不安定化、若者のフリーター化を招いた。デフレの一因だが、これは合成の誤謬を管理出来なかった経済界、行政指導の間違いである。
 経済学の古典は、現実の問題を読み解くことから生まれた理論として高い評価を得る事になる。マルクスの弁証法的唯物論と労働価値説は19世紀の劣悪な労働条件と、資本家の専横に対する憤りが背景にある。ハイエクもフリードマンもその時代を説明する理論を展開している。だから、それらは過去の現象を説明している。しかし、現実の問題については18世紀も今も似たことが時折起きる。アダムスミスもマルクスも部分的に今なお現代を見事に説明してくれる。

 小泉内閣の経済政策の功罪の話になってしまったが、本書は、アダムスミス、ケインズ、シュンペーター、そして現代のフリードマンとハイエクが中心である。高校生でもある程度理解出来るから、経済学部を目指そうという学生は必読だと思う。しばしば市場主義者がアダムスミスの「見えざる手」を自分達の強欲な経済活動を正当化しようとするが、アダムスミスの意図はそのようなものではない。この見えざる手という言葉は、国富論ではたった1箇所にしか見られない。なりふり構わぬ重商主義を批判した。彼は労働が富の源泉であり、生産性を重視し、それを分業が可能にする。消費を促進する事で市場が機能し、競争が働く事で過剰な生産や雇用は均衡する。理神論者であった彼が神の摂理を期待する前提には「道徳情操論」で述べた節度ある経済行動がある。自己の利益を追求する推進力と競争という抑制力が働く事で見えざる手が働く。竹中氏の古典の説明は簡潔明瞭である。これでは古典を読まずにすむというもの。
 ケインズとシュンペーターを対比させながら、近代経済学の要点を見事に要約してくれる。経済学の教科書で学んだ限界効用学派、ワルラスの均衡理論を思い出す。経済学は何もやがてとか、長期的にはという言葉で現象を整理したがる。「失業者が多いことについては賃金が下がればやがて雇用が回復する」といった説明では現実の問題は見過ごされてしまう。ケインズは現実の問題を説明出来ない経済理論は無意味だというリアリストである。貯蓄と投資が何処でバランスするか、資本の限界効率、有効需要の理論を簡潔に説明してくれる。ケインズの「雇用、利子および貨幣の一般理論」という著作は知っていたが、難解で小生の手には負えなかった。これが見事に要約される。
シュンペーターについては小生社会学部ではあったが、「資本主義・社会主義・民主主義」という著書を良いから読むようにと言われて買った。が、結局書棚の飾りになったことを思い出した。竹中氏のお陰で、なるほど、そんな事が書かれていたんだと分った。
 シュンペーターはワルラスの静態的経済原理に対して創造的破壊、イノベーションが発展させる動態的な経済発展をその理論とした。彼は「経済発展の理論」において「新統合」という概念で経済発展の原理を説明する。企業家、金融業の役割など、経済の構成要素を重視し、ケインズとは異なる理論を展開する。ケインズが大恐慌の解決を考えたのに対して、シュンペーターは不況はいずれ解決する、不況無くして経済発展無しといった、ニヒリスティックな考え方である。不況になると倒産が増える。それは非効率が排除されるメカニズムであるとして景気循環を説明した。竹中氏はシュンペーターの理論がいかに現在の我が国の経済停滞に当てはまるか、その実例も示してくれる。民主党のバラマキ政策は部分的には経済を活性化させる。政府支出による有効需要創出も然りであるが、政治がこれらをコントロール出来ずに、前例主義となり、無用な公共投資を続けた我が国の自民党政権が良い例である。竹中氏は古典理論を実例として、現在の我が国の実情を見事に解説してくれるのである。
 


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by katoujun2549 | 2011-10-16 17:15 | 書評 | Comments(0)