幻日 市川森一著 講談社


幻日(げんじつ) 市川森一著 講談社

著者の市川森一氏の多彩な活動に驚いた。
彼は、戯曲「黄金の日々」などのみならず、『ウルトラセブン』(1967年 - 1968年、TBS)『コメットさん』(1967年 - 1968年、TBS)などのドラマのシナリオを書いており、その作品数は膨大である。テレビのコメンテーターとしても活躍しているようである。彼は諫早の鎮西学院中学の出身である。長崎が故郷であり、カトリック教徒として、江戸時代のキリシタンやその殉教には造詣が深いのである。島原の乱を描いた作品は多いが、長崎のキリシタン文化をこのように描いたものは少ない。

自分の祖父は天草市宇土の出身であり、この著者と同じ鎮西学院の卒業生であった。また、天草四郎も宇土の出身であったという。共通点に関心が向いた。島原のキリシタン遺跡の調査は意外にも新しい。1992(平成4)年から実施している発掘調査によって、本丸地区から多くの遺構・遺物が出土している。特に、十字架、メダイ、ロザリオの珠などのキリシタン関係遺物は、一揆にまつわる資料であり、興味を注がれる。この発掘では多くの人骨も出土した。有名な天草四郎の陣中旗は落城時に立ててあったものが捕獲され、鍋島家で保存されていたもので、世界的に貴重なものと評価されている。これを描いたのは山田右衛門作である。山田は天草・島原の乱の際、四郎軍の幹部の一人であり、原城にたてこもったが、篭城方の全員が玉砕したにも関わらす、ただ一人生き残った人物として知られている。立てこもった一揆軍3万7千人が殺されるという惨状であったが、彼は幕府側と内通しており、そのために生き残ることができた。幕府の取調べに応じた彼の口上書は原城での天草四郎軍の内部事情を知りうる唯一の資料となっている。この小説にも描かれており、彼の証言で一揆側の状況は記録として残っている。

陣中旗(重要文化財)
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島原一揆軍の総大将・天草四郎は、天正遣欧使節・千々石ミゲルの息子だったという推定。そして幕府軍を震撼させた長崎要塞化計画、文献をもとに、想像力を駆使している。日本史上最大の一揆といわれる島原の乱を詳細に描ききっている。当時の島原や長崎におけるキリシタン文化を良く研究し,脚本家だけあって、原城の様子、あるいは幕府軍の陣営などの様子が映像的に浮かんでくるような見事な描写である。天草四郎は益田四郎としての存在も知られているが、何故一揆軍の大将となり、それまでどのような人生を送っていたかは定かでないので、そのあたり大いに空想の余地がある。優秀な少年であり、外見も優れていた事が推察される。何らかのカリスマ性を持っていたのだろう、創造力を刺激するのである。ネタバレで申し訳ないが、彼に影武者がいて、その首級が四郎のものとされたという筋立ては最初から伏線があった。原城攻防戦の激しさが伝わってくる。

原城で演じられた宗教劇、城内診療所、反乱軍の実態など、著者の研究と資料に基づく表現に注目したい。実際に映像で見ているようである。キリスト教禁令が出る前の長崎に花開いたキリシタン文化の姿を彷彿とさせてくれる。実際の島原の乱は、松倉重治の圧政が原因であったが、当時の幕藩体制への反発を抱いた旧豊臣系浪士、キリシタン弾圧、さらにはキリスト教の終末論などが重なった複雑な一揆となった。天草四郎の出自は、記録として明らかだったのではないか。その母親もポルトガル人の娼婦であったというのは、作り込み過ぎだとは思うが、物語を面白くしている。日本の歴史研究ではキリスト教の影響が過小評価される傾向があるが、島原一揆も、マルクス主義歴史家からは苛斂誅求に反抗した農民反乱の面が強調される。しかし、3万人以上の農民が最後に棄教せず、死を選んだ結果をどう考えるのか。
 
 この小説の構成は、幕府側からみた島原一揆とキリシタン側の内部の様子が分かれて章立てされている。幕府軍の当初の司令官、板倉重昌の悲運の最期を生き生きと描写する。板倉重昌が討ち死にした後、松平信綱率いる討伐軍は増援を得て12万以上の軍勢に膨れ上がり、陸と海から原城を包囲した。兵糧責めが功を奏して圧倒的な軍事力により幕府軍は原城を制圧する。島原の乱がキリスト教徒の反乱であるとしたのは、自らの圧政を覆い隠そうとした松倉重治の主張が後世にも残ったもので、実態は奥の深い江戸時代最大の一揆であった。美少年として描かれる18歳の少年、天草四郎の存在は一体何だったのか、興味は尽きないが、この一揆は幕藩体制の200年を決定づけたといってもよく、幕府の鎖国政策を決定づけ、その後の農民政策などに与えた影響は大きかった。

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原城写真ライブラリーより引用させて頂きました。
http://www.castlefan.com/data01/hara/index.html

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by katoujun2549 | 2011-10-04 22:41 | 書評 | Comments(0)