台湾は誰のもの 頑張れ台湾の民衆

 
 東日本大震災で海外から多くの支援を頂いたが、支援金が一番多かったのが台湾で、5月までに160億円もの支援を頂いた。同じようにかつて日本の支配を受けた韓国が42億円なのとは大違いである。中国からの国民党支配に苦しんだ台湾の人々がいかに日本に期待しているかである。

 日本の敗戦後、国民党が共産軍に追われて台湾に侵攻した。共産軍は金門島で阻止され、毛沢東は台湾侵攻を断念した。台湾に入った国民党軍はまるで乞食の軍隊のようだったという。彼等は、日本軍が去った間隙を利用し、武力で台湾を制圧した。そこで発生したのが白色テロであった。国民党を脅かす危険性のあるインテリなど、2万人を処刑したと言われている。蒋介石・蒋経国の一党独裁政治により、台湾人は押さえ込まれた。その為に日本時代に培われた社会インフラが破壊され、都市の衛生状態は最悪となって赤痢やマラリア,デング熱が蔓延して多くの犠牲者が出た。そのような状況を横目に、民主主義の旗手である筈のアメリカは独裁者の蒋政権を支え、選挙買収や教育による中国化、メディア操縦を図り、アメリカの国益と対共産主義の防波堤として台湾を利用して来た。

 蒋介石はアメリカの後ろ盾を得て、中華人民共和国―毛沢東と対決、東西冷戦を泳いだ。そこで、少数の国民党は台湾人を封じ、様々な特権、権益を手にして台湾を支配し続けた。その抑圧的政策は、台湾人にとって長い苦しみとなった。中国人は力の政策で台湾人の自由を束縛、また、権力者特有の腐敗や不正がはびこる政治状態が今日も続いている。台湾の人たちは経済成長を続ける中国との経済交流に目がくらみ、馬英九氏を選択してしまった。馬氏は中国と一線を画しているように見せながら、中国化の既成事実を築こうとしている。あからさまな、中国の手先という色を見せることは決して無い。

 馬英九氏は、香港九龍で生まれ、その後両親とともに台湾に移住し、台北市で育った。ハーバード大学を卒業、在学中は国民党系雑誌の編集長をしながら台湾の独立、民主化勢力の監視と報告に従事した。馬氏は完全に中国に育てられたスパイ、台湾独立を阻止し、中国統一に向かって、中国の指示通り動いてきた人物であるという根強い見方がある。総統選挙で豊富な中国資金と巧みなメディア戦略で台湾国民を安心させて初当選、民進党が腐敗していた事が災いした。

 しかし、中国は共産党支配が続いており、中国の台湾侵攻を抑えられるのは国民党に支配された軍だけである。とはいえ、長年の国民党支配もほころびが見え、軍も台湾人の影響が増すに従い、李登輝政権で台湾人の台湾人による国家が実現するやに見えた。中国の経済的影響が飛躍的に増すに従い、今の馬政権がその影響力を増すようになった。台湾福建省への投資が進み、相互の人的交流が進んできた。最終的には中国が台湾を併合する環境づくりの意図と、矛盾するような形で台湾の国民党が経済支配を続け、軍事力を誇示して中国に抵抗するつもりである。これは自分達の利権を確保する為のみせかけの抵抗である。
 
 ところが、何とオバマ政権は新型のF16の売却を拒否。その理由はいまだに不明だが、オバマ政権のアジア情勢の見方が甘いのか、あるいは、馬政権が中国共産党政権と通じていることを知っており、警戒感を抱いているのかであろう。アメリカに取って台湾は中国の大平洋進出を妨げる防波堤である。当てにならない危険な馬政権とは一線を画し、アメリカは事故の軍事力で対抗出来ると判断した結果であろう。

 共産党支配の中国と、かつては東西冷戦、今は中国の軍事拡張の脅威とアメリカの大平洋支配の狭間で台湾人は身動き出来ず、苦しい状況にある。中国は経済と軍事は別個に動く国である。軍が上位にある。次期指導者、習近平は太子党グループであり、江沢民の優等生である。日本は、そうした危機にある台湾の実情と、中国の拡張主義を理解せずに、億縄の普天間基地問題や、安保条約を考える必要がある。平和主義や、反軍主義では解決出来ない状況に今の日本は置かれているのである。中国は図々しくも、台湾中国の一部であるという既成事実を気づくのに躍起である。その一環として、尖閣列島問題がある。ここは台湾の領土であり、それを統治すべき中国が領土主張をすることで、台湾の主権を侵害しようとしている。そうした、策略を日本の菅直人民主党政権は読むことができなかった。
 台湾は断じて中国の領土ではなく、本来、台湾として独立した国家になるように日本は後押しすると、それが中国の最も恐れることでもある。尖閣列島の領有権と台湾との連携は中国の領土野心を制する生命線なのである。

 中国が台湾をその一部としたいからといって、歴史的には台湾は中国に支配された時期は極めて少ない。200年前の台湾は、中国に抵抗し、国家がその支配を進めても、海岸沿いの一部の地域であった。むしろ、日本の統治の方が長かったくらいで、かつ、台湾人に対する影響力も強かった。特に、中国人の権力による統治方法、露骨な権謀術策で台湾人を欺こうとする欺瞞的な戦略に台湾人は辟易としている。だからといって、何も日本の統治時代を正当化しているわけではない。国民党が支配した台湾は共産党政権の中国ではない。実は国民党の台湾でもないのだが。中国が台湾を中国の一部とする根拠はそれほど無いのである。中国が台湾を自分の国だと主張することを認めれば、沖縄や石垣諸島も危ない。
台湾原住民の民族衣装と歌
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 台湾を初めて統治したのは、鄭成功である。彼は、何と日本人を母に持ち、長崎の平戸で生まれた。彼は父の後を継いで、鄭一族の指導者として滅亡した明の再興を期し、清と戦った。   
 しかし、果せず、勢力を立て直すために台湾に渡った。1661年に台湾を占拠していたオランダ人を追放し、承天府及び天興、万年の二県を、澎湖島には安撫司を設置して本拠地とするも、翌年に死去した。この物語は、近松門左衛門が1715年(正徳5年)の時代物『国性爺合戦』として竹本座にて17ヶ月の連続公演となる人気を博した。
 その後、清朝は鄭氏を滅ぼすが、台湾を本格的に統治しようとしたのは19世紀も末であった。清朝は日本や欧州列強の進出に対する国防上の観点から台湾の重要性を認識するようになり、台湾の防衛強化の為に1885年に台湾を福建省から分離して台湾省を新設した。台湾省設置後の清朝は、それまでの消極的な台湾統治を改めて本格的な統治を実施するようになった。

 電気と電灯、電信、1887年には基隆―台北間に鉄道などの近代的社会基盤を整備し、本土から商人資本を呼び寄せ、興市公司を設立するなど積極的な政策を進めた。だが、日清戦争に敗北した為、翌1895年4月17日に締結された下関条約に基づいて、1895年6月台湾は清朝から大日本帝国に割譲され、これ以降、1945年10月25日までの50年間、台湾は大日本帝国の外地として、台湾総督府の統治下に置かれた。台湾の近代化、工業化を促進したのは日本である。
 


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by katoujun2549 | 2011-09-24 22:01 | 国際政治 | Comments(0)