再生エネルギーを開発するのは世界のすう勢

 
1.福島以降

 日本のエネルギーを考える時、根本的なあり方、原則論や原理主義的な議論は不毛である。何故なら、先は福島事故という歴史的現実が何にも増して重いからだ。だから、これを前提に未来を考える。これだけの大災害を引き起こした原発の存在をどう受け止めるか、を抜きに、未来のエネルギー政策は語れない。日本は資源が無いから原発に頼るのは仕方が無いというわけにはいかないのである。再生エネルギー法が成立し、電力の売買は以前より容易になった。電気は何で作っても同じで、安定性と規模が違うということである。地球温暖化対策をめざす、再生可能エネルギーが現実にどのような目標になるのか。日本がこれに何処まで貢献するのかも含めて考えるということである。地球温暖化防止に我が国が貢献出来る部分は実は少ない。中国やアメリカの割合が圧倒的だからだ。それよりも、我が国の国防上の生命線としてのエネルギーが優先するのではないか。

 ということは、従来どおりの原発の拡大策はあり得ないという事だ。原発中毒の施策を見直し、可能な規模、新たなエネルギーバランスを目標として軌道修正する事になろう。一方、これまでの原発シェアを維持して行くべきだという主張を続ける既存勢力もある。両者はその行きつく先を示さねばならない。

2.脱原発か、共存か

 脱原発というエネルギー策が核兵器の放棄や再生エネルギーの開発に繋がる事になり、日本独自の国際主張となっていく。平和憲法、反核、世界平和という戦後の日本のモラルを体現するかのような理念である。全く、今の中国や北朝鮮、アフリカや中東の現実からはほど遠い。現実との差が大きいのだが、見失ってはならない目標である。日本という国はこの目標を失えば、惨めな国だ。

 菅直人の原発政策に関しては非難囂々だが、彼の福島のミスはあったにせよ、浜岡の指示など概ね間違ってはいない。彼の人柄とか、進め方があまりにも強引で、説明が不足し、攻撃されたが、明快な結論を出している。自民党のボンクラ二世首相では出来なかっただろう。指示を覆された海江田万里が、同情されたが、佐賀の原発、玄海は4号機がレベル5の放射能漏れを起こし、かつ、プルサーマルのプルトニウムが漏れたら大事になる恐怖の原発だということを彼は一言も言わない。マスコミも沈黙である。変だと思う。しかも、あの知事は、全く九州電力の傀儡で、九電は公聴会のメール情報操作までしていたのだから、後からでもストレスチェックは当たり前だ。いつも権力者のいいなりになる海江田の面子なんぞ関係ないのである。

3.再生エネルギーへの挑戦

 我が国が今後緩やかな経済成長を遂げ、エネルギーについて革新的な再生エネルギーや自然との調和を目指して未来を切り開く可能施にかけるのである。ことは世界の未来を切り開く理念になり得るかである。とはいえ、言うは易く行うは難し、である。もし、原発を全廃すると、原子力産業の未来は消滅し、多くの関係者が職を失う。原子力は高度な制御技術を発展させて来た。優秀な人材も育てたが、消滅してしまう。損失は大きい。ひとつの技術分野は学校教育から、大学、研究所、企業、政府機関と大きな体系があるということを無視できない。

 ところが、グローバルに見るとこのような主張が可能なのは先進国であり、地球温暖化対策の京都議定書の履行問題と重なる。アフリカなど開発途上国の反発を招く事にもなる。いずれにせよ、即廃止でなければ、稼働中のものは継続し、40年もの長期の政策となる。その間この政策を継続維持して行かなければならず、世代を越えた国民的合意が必要だ。この政策によって日本が得るものと、失うものの得失を整理し、損失にならないように運営しなければならない。その道筋をどうつけるかである。

4.現状維持派は何を目指すか

 現状維持を主張するなら、核廃棄物質の処理と安全に向けての道筋を付けねばならない。国家予算と電源特別予算を集中的に配分して開発してきた原発であるが、その一方では自然エネルギーは1%にも満たない。だから、自然エネルギーはダメだというのでは、あまりにも進歩がない。殆ど手を付けずに来たものであり、初期投資を安易に切り捨てて来たのではないか。原発も初期開発費を入れたら膨大な額になってしまうのに、これは計算外である。当然、廃炉のコストは除外である。原発は軍事目的の狙いもあり、故意に優遇された。自然エネルギーのこれまでの冷遇をどう考えるのか。電事連の論理は責任という名目で、電力会社の最大利益を図って来た。原発が無理というなら、高コストのLNGや石油を軸にして、その分は電気料金に上乗せし、世界一高い電気料金を自分のものにしようとするかもしれない。既に電気料金15%値上げを画策している。これからも、国民不在の現実路線がまかりとおるのだろうか。これまでの、あまりにも原子力に依存したエネルギー政策は転換するべきである。

 再生エネルギー法が成立した。新たな電力供給システムが拡張する可能性を継続することが、国民的な監視の元に行なわれるかどうかである。スマートグリッドも技術的に可能なことが、我が国ではシステムとして構築するのはとても苦手だ。しかし、きっかけがあれば、目標に向って邁進するのが日本人だ。リベラルな再生エネルギー推進派も、従来の体制維持派も、問題点やそこで発生した事件を保情報公開し、政府のコントロールを受けながら方針が決まるよう民間の知恵を集めるのである。

5.結論

 原発は安全性の点や、廃棄物など国家が管理する範囲で、日本に10基くらいは安全性に万全をはかり、温存すべきであると考える。世界に福島の教訓を生かした安全な原子力発電施設を輸出し、技術の温存を図る。原発を世界が廃止に向うまでは日本も原発は止められない。原発が制御不能の技術だとは思わないが、その目的の為には、単なる科学技術のみならず、完全性、情報の公開など、政治的、社会的環境が必要であることを我が国は学習した。これを前向きに生かすのである。

 電力を多用する産業は海外に立地する事もやむを得ない。しかし、エネルギーの中心はLNGと再生可能エネルギー、メタンハイドレード、地熱などで多元的に運用し、省エネ、スマートグリッドなどの技術をフルに活用して確保すべきだ。日本はアジアでは偏西風の風下になるので、朝鮮半島や中国で原発事故が起きると、その影響を直接受けてしまう。近隣諸国の原発を放棄させるのは不可能とすると、日本が反原発運動の中心になるために、原発を全廃しても、より危険な国の施設を廃止させるのは無理である。丸腰で武装した連中に武器を捨てさせるようなものである。これは理念倒れだ。日本は、原発の安全性に関して先進技術を持って、影響力を与えることが現実的である。しかし、いくら何でも、核だけで自国のエネルギーの安定を図ることも、福島以降リスクがあるし、地域の反対で新設する事も難しいだろう。日本はエネルギーに恵まれない特性を生かして、再生エネルギーや、限られた電力資源の有効活用の先進国となることが生きる道である。温泉や火山の多い地域は地熱、海風が吹くところは風力、川の多いところは揚水発電など、地域に応じて、自分の地域のエネルギーは自分でまかなう地域主義で開発し、街づくりにも生かしたい。かつて、我が国が水俣病や四日市喘息などの公害、さらに、脱硫技術で世界のトップに立っていることを考えれば、これは可能である。日本が達成した水資源や空気の済んだ都市、ゴミの処理など都市型の環境技術で世界の指導的地位になることを目標としたい。

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by katoujun2549 | 2011-09-07 20:22 | 国際政治 | Comments(0)