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本物の医師になれる人、なれない人 PHP新書 小林公夫

「本物の医師になれる人、なれない人」
 PHP新書 小林公夫

 医師になるには、難関校の多い大学医学部に入り、6年間の学生生活を経て、国家試験に合格しなければならない。専門職として、司法試験、上級国家公務員、公認会計士なども長い学業と修行で知識を蓄積し、スペシャリティを社会的に認められる。司法試験も公務員試験も面接で対人コミュニケーション能力を厳しくチェックされて世に出て行く。その中でも。医師は、医学部受験で作文とか、面接もあるがそれほど厳しくはない。海外では、高校卒業していきなり、医学部には入れないことを知っている人が、日本でどの位いるのだろうか。OECD諸国では大学卒業者でなければ医学部には入れない。我が国も医学部卒業後も、研修医として、2年間、現行制度では各種の専門を横断的に病院で実地研修しなければならない。私立の医学部に入れば、授業料も高く、学校によるが、数千万円は覚悟しなければならない。医師の卵として、患者を診察できるようになるには、凡そ10年はかかる。しかも、医師になって病院勤務中は当直や連続勤務で、1日のうち数時間しか睡眠が取れなかったり、食事も満足に取れない過酷な労働環境で耐えなければならない。精神的にも肉体的にも、優れた素質が要求される。医師として現場に立つまで、厳しい修行が続いて初めて仕事をすることが出来るようになる。社会的には尊敬されるべき職業であり、国家的にも知的資産なのである。ところが、日本の教育システムでは、一般に社会体験で培われるような諸能力、対人関係構築能力や価値判断、決断力、他人の社会経済背景などを理解する力は養われない。どちらかというと、学究オタクの製造所なのである。外国では、リベラルアーツや、学部卒が医学部入学の条件だから、そんなこともないのだが、日本は学力オンリーでそのまま医師になる人が多い。この点は官僚や法曹界も似ている。専門馬鹿が多く生まれる土壌で、このことが様々な問題を起こすのである。本書はそうした医師の能力に、学業以外に何が必要かを説いている。

 医師に対して厳しい見方、あるいはその本質を歪めて、人々に誤った情報を出すのがマスコミである。マスコミというのは権力に対して敏感で、女性的なまでに(女性に失礼)嫉妬深い。エイズ問題での血液製剤について、その権威者であった安倍英帝京大学副学長に対する櫻井よしこの訴訟、医療事故に関するマスコミ報道などは鬼の首を取ったかのごとくはやし立てる。政治家やタレントも含め、権力を持っている間は卑屈なまでにそのおこぼれを求め、話題を漁るマスコミが、一旦トラブルやミスで権威を失墜すると、容赦ない攻撃を加え、その彼等の真実は結構間違いが多い。しかし、小林氏は患者の立場からあるべき医療に向う医師の姿勢について述べている。

 この10年間の医療訴訟の実例を使って、医療の倫理とは何かを、本著では分かり易く世に訴えている。マスコミというのは、常に弱者の立場に立つという建前から、被害者ー患者の立場で批判を展開する。これが、さらに権力的なバッシングに発展する。医療の世界は、彼等が権威をこき下ろす格好のターゲットになり易い。医療側からの反論を無視するか、理解出来ない為に単に、正義感からの論点が多い。しかし、医療というのは技術的な世界なのである。

 この本は、本物の医師になれる人なれない人という、医師に対しては厳しい能力の要求をしているような題である。しかし、内容は、もっぱら、医療の患者への接し方とか、医療過誤、医療訴訟から見る見た、医師の判断力や注意点を述べた物である。著者 小松公夫氏は医事刑法の専門家であり、また、医学部受験の予備校メディカルアカデミー代表を17年間務め、多くの医学生を大学に送り出して来た。医療の現場、特に、病院での人間関係、医師のタテ社会での体験、患者の治療には距離があるだろう。医療の直接的関係者というより、応援団といった立場ではないだろうか。

医療群という言葉が登場する。医療界で技術的に標準治療とされている水準を外さなければ、仮にその治療で患者が死亡しても医療ミスではないという考え方である。なるほど、血友病のクリオ製剤と非加熱製剤の選択で、安倍氏が無罪になったのも、その考え方があったからなのだということである。ジャーナリズムは、結果主義で、医療行為が患者の死亡というような悪い結果になると、医師のせいにして攻撃する。しかし、医療というのは完璧は無い。治療努力を懸命に行なっても、死に至る事はがんの治療を始め、外科手術などでも頻繁にある事だ。そこで、医師が何処まで人間として誠実に治療に向かい合い、患者の利益の為に努力したか、情報を集め、技術を駆使したかが問われる。著者は医療事故の問題を扱って来たので、殆どの事例が外科である。実際は、投薬の問題、特に、抗がん剤や心臓病治療、高脂血症の治療などが、今、医療の課題として問題が大きくなっているのではないか。折角、クリオ製剤の問題を取り上げたので、内科のケースをもう少し取り上げてもらいたかった。

 医師というのは社会的な資産である。養成には長い期間がかり、また、技術革新の中で、陳腐化し易く、常時研鑽を続けなければならない。かつて、日本が零戦搭乗員を消耗し、人材を育成しながら戦線に投入すべきとこと、数合わせのようなことしかせず、消耗させつつある。我が国は人を育てるシステムを構築することが苦手である。新規に大学から投入される医師と、新しい技術革新に自己変革を続けられる医師の育成が日本では貧弱である。医師不足というのは数の問題より、現代の医療ニーズに対応した医師をイクセイ出来ていないという事なのである。

by katoujun2549 | 2011-09-06 13:34 | 書評 | Comments(0)