再生可能エネルギーの政治経済学 大島堅一著 東洋経済新報社

再生可能エネルギーの政治経済学 大島堅一著 東洋経済新報社

 本著は昨年書かれたものだが、まるで、震災後のように感じる位、現実を予測している。福島後の議論を先取りした内容である。再生可能エネルギーへの転換を経済学的に見事に整理し、また、これまでの政策を追跡することからいかに、日本のエネルギー政策が原子力に偏った異常な状況だったかが分る貴重な分析である。脱原発というマスコミが使う言葉は前提が分らず、あまりにも現実を無視している。糖尿病の患者に脱メタボといっているようなもの。一言で語る必要は無いし、事態は深刻だ。

1.エネルギー政策の誤りを修正すべき
 これまでの原子力発電開発は失敗している。もちろん電気を送る機能はあるが、廃棄物処理と事故のリスクを考慮すると事業として成り立たなくなる。このことを踏まえて、脱原発という極論で、誤りを糊塗してはならない。55基の原発が存在する。これらは来春には全て止まるかもしれないという危機感が関係者には漂うが、そもそも、これから先、原発にはそれほどの未来は無い。日本のプルサーマル、増殖炉はその危険性、さらに高コスト体質から止めるべきである。「もんじゅ」は全く再開のめどが立たない。既に稼働している物は安全性を高め、あと40年の耐用まで存続すべきだ。しかし、全廃する必要は無い。国家管理でもよいから日本の国防上、原発は必要である。核兵器を作る能力を担保しておかなければならない。

(1)温暖化対策の失敗
 これまで、日本は京都議定書策定以降温暖化防止の為に原発依存を正当化して来た。ところが、電力会社は原発開発を続けて来たにも拘らず、二酸化炭素の放出量削減に成功しなかった。原発の稼働率の低下、事故などの不安から,石炭火力の増設を行ない、これに失敗した。

(2)安全性に対する信頼を失った福島第一原発事故
 今回の原発事故はその規模においても大きく、原発のリスクを国民全体に認識させ、安全神話が崩壊した。福島以外にも新潟での事故の隠蔽、浜岡の危険性など、潜在的な危険性や電力会社の利益第一主義が露呈した。政府の安全に対する仕組みとしての、安全保安院や原子力委員会の実態も批判に曝された。大規模事故がひとたび発生した時の影響の大きさは比類が無く、その対応能力も無い。二酸化炭素対策にもなっていない原発をそれを大義名分に原子力発電を大量に増設するならば放射性廃棄物が増加し、事故へのリスクが増大するし、これを抑える費用が増加し、採算が取れない状態になる。これまで、殆ど無かった自然再生エネルギーの研究支援、立地関係の予算が大きく配分される事になれば、電力会社も重視するだろう。
 
(3)異常な原発傾斜予算配分を修正

  炭素排出削減目標達成社会を実現するための、バランスの取れたエネルギー資源配分を行なうべきである。これまで、電源開発に関する予算の40%、国家予算一般会計一兆1000円を超えるエネルギー対策費の27.8%、立地対策費の7割が原子力という偏った配分である。この配分を再生エネルギー開発に振り向け,原子力は既存の施設の維持と、安全性確保に集中するならば、我が国のエネルギー事情は新しい時代を迎えるだろう。

(4)代替可能エネルギーの開発に軸足を変える
 原子力発電は将来的には資源問題から高速増殖炉と再処理サイクルが完成しなければ継続出来ない。しかし、現時点ではこの技術は破綻している。化石燃料とLNGによる発電は従来どおりの基本であり、地熱、風力、太陽光を含む再生可能エネルギーの開発が急務である。

2.原発の維持に向けての条件
 以下は、大島堅一氏の意見ではない。小生の見解である。原発は国防技術として位置づけを変えるべきだ。これを恐れる限り、原子力の技術は発展しない。自分はキリスト教信者だが、国防というのは宗教的な世界の問題ではない。平和を願う気持はキリスト者として当然である。しかし、人間には基本的人権として、他国からの侵略から自己を守る防衛権、抵抗権がある。原発を民生技術として考える限り、未来はないだろう。廃棄コストなどの将来コスト、事故対応コストを考えると民間で今後維持するにはリスクが高すぎる。

(1)安全性確保
 安全基準を高め、ストレステストなど、安全性確保に向けて、国際基準をリードする仕組みを日本は持つべきである。福島の事故はチェルノブイリと並ぶ最悪の事故である。これ以上の危険な状態に
陥らない様、福島を教訓にして、全ての原発を点検する。

(2)事故対応への準備体制
 今回の福島事故において、事故対応への準備がお粗末であった。ロボットは稼働せず、アメリカからの応援に頼った。事故の現場撮影もアメリカの商業衛星の方が頼りになる状態。放射線防御服も数は足らず、作業員は被曝の危険に曝され続けた。これらの教訓をもとに、各種装備を整え、国として責任を持つ。事故対応は国の責任とすることである。

(3)人材の確保
 未来の無い技術に優秀な人材は集まらない。技術者の高齢化、新しい原子力研究者の不足など、
原発をこれから40年以上維持する人材がどう確保されるかである。原発を国防技術として位置づけ、核兵器開発がいつでも出来る体制とすることが、周辺諸国への国防上の抑止力になる。
 

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by katoujun2549 | 2011-09-01 00:19 | 書評 | Comments(0)