原子力発電を止められない理由

066.gif 安全保障上、日本に原発は必要であるという考え方 071.gif

 原発の議論で根本的にズレてしまうのは、産業政策とか生活の利便性から必要な電源としての要不要論に終わっているところである。原子力発電は資源の無い日本の安全保障上の問題であり、原発技術の出発点からも、安全保障の観点から語られなければならない。生存権の問題である。原発の安全性もその観点から万全でなければならない。原発は核兵器と同じ位置づけであるべきだ。原子力の平和利用は政治的な方便である。その意味では原発は日本に必要である。自分は原発は不要であるという意見も持っている。日本がそれを維持管理する能力に疑問があるからだ。しかし、国防という観点からは逆の見解になる。君は一体どっちなんだと言われても、そもそも、決める立場ではない。決めろと言われれば止めるべきだと言いたい。そもそも、答を求める方が変だ。しかし、どの様な前提で考えた上の回答かは大切である。原則一本やり、無前提の原理主義では物事は進まない。社民党のように、我が国が軍備を持たない丸腰の国家であり得るのか。共産党は軍備を持つ事を終戦後、放棄していない。世界が日本に平和国家として追随し、軍備を放棄するまでは日本は現実的な国家運営を余儀なくされる。

 脱原発論は、日本が鎖国している場合にのみ成立する攘夷論のようなものである。日本がエネルギーの為に無謀にも、当時石油輸入の85%を依存するアメリカと戦争したことを忘れている。福島原発のあまりにも莫大な被害を前に、原発をどう将来扱うか、脱原発か。今後も原発に依存するかを突然問われるようになった。二者択一で原発を全て廃止するのか、今後も継続するのかが問われている。その答は、実は国内には無い。日本に蓄積され続けるプルトニウムを軍事目的だと非難する人々がいる、自分は、当たり前だといいたい、何を言うんだ。日本は軍事的緊張の狭間に60年以上いる国だということをどう思うんだろう。国防を考えていない人には何をいても無駄だが。

 北朝鮮が核兵器を放棄し、中国も軍備を縮小するなら、危険な原発は無い方が良いに決まっている。日本が全く原発を放棄し,中国や北朝鮮がこれを保有し、かつ、核兵器で日本を威嚇し続けている状況が続いている中で、日本が、全く核を持たないという状態は考えられない。平和利用としての原発とはいえ、プルトニウムが大量に蓄積されつつあるという現実は、日本が核武装能力のある国という存在感を北朝鮮と中国に無言の圧力を与えている。これが我が国の国防上の基本路線であるからだ。日本は他国だけではなく自国に侵攻した侵略軍への地上攻撃兵器を持たない。しかし、国防上は有事においてはこのような軍備はありえない。軍事上は保有せずとも、有事を前に装備するために製造する能力があるということが、我が国の国防の基本であって、核兵器もその中に位置づけることができる。そうした姿勢が国防上は重要な備えである。我が国は武器を輸出できないが、自国の兵器の維持や、部品の調達、さらには技術力として必要に応じて軍事的脅威に対抗できる力を保持することが大切なのである。自衛隊という軍備がある以上、中国や北朝鮮は日本が大きな脅威であるし、仮想敵国なのである。日本は核武装する能力を失ってはならない。ということは、一定の数の原発は常に保留しておかねばならない。日本は、中米のコスタリカのように軍備を持たずに維持出来る国際的位置と同一視するわけにはいかない。実際、コスタリカも実は麻薬や貧困に悩み、医療も貧弱で国防にはアメリカの強襲揚陸艦イオウジマなどを寄港させたりして実際はアメリカの傘の下である。中国、北朝鮮、ロシアという軍事大国を前に無防備でいる事は国家の役割を放棄しろというに等しいからだ。国家の防衛権、抵抗権というのは生存権、基本的人権のひとつだからである。
 しかし、これまでの政策は大幅に修正するべきである。あまりにも、偏った原発依存の政策が続いたからだ。しかも、その多くが破綻している。

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by katoujun2549 | 2011-08-31 21:59 | 国際政治 | Comments(0)