太平洋戦争最後の証言 門田隆将著 小学館

 この季節、第二次世界大戦の事を考える時である。今年は真珠湾開戦70年である。終戦記念日8月15日。実は自分の誕生日である。4日に発売となった「大平洋戦争最後の証言—零戦・特攻編—」を読んだ。文芸春秋で昨年10、11、12月号に連載された「90歳の兵士達」に加筆されたもので、さらに充実した内容になっている。
 門田隆将氏はこの作品の一連の取材に元山航空隊の戦友会長大乃木氏を訪問したとき、偶然、特攻で亡くなった日系二世、松藤大治さんの事を聞いた。それから、「蒼海に消ゆ」を書く発想を得た。
 昭和十九年になると、航空特攻戦法の検討が始まる。敵の戦意を挫折させる最も有効な方法と判断された。参謀本部の作戦課航空班長鹿子島隆中佐・矢作十郎少佐達の立案で特攻計画ができた。当初最も積極的に実現に熱意を示した参謀次長兼務航空総監後宮大将は全軍特攻といった極端な主張を航空部隊に伝達させ、航空本部教育部長 隅部少将は各航空部隊をまわって宣伝し、陸軍特攻の準備をすることになる。
 海軍の特攻成功に焦った陸軍は昭和19年10月21日特別攻撃隊の編成に踏み切った。万朶(ばんだ)隊と同時に、浜松において四式重爆撃機装備の特別攻撃隊「富嶽隊」も編成された。
 特攻の真実は何か。このことを考える為には、昭和史、当時の軍制、さらには学徒動員につながる学制についても知識が必要である。何故、無謀な米英との軍事攻撃、さらに敗戦に向った理不尽な政策と作戦が我が国で選択されたか。謎は未だに説明が十分になされていない。多くの疑惑、噓と沈黙が解明を阻んでいる。当時の関係者、多くの生き残りが高齢になり、終戦当時20歳であった方々は今86歳、開戦時の方は90歳である。毎年証言者は逝去されていく。最後に真実を語る方々がインタビューに応じ、この作品は出来上がった。
 海軍と陸軍の特攻についての取り組みには差があり、そのあたりを興味深く読んだ。海軍は真珠湾攻撃の時も特殊潜航艇での特攻を行なっており、組織的に準備が進められていた。一方、陸軍は海軍に負けじと、拙速に始めた感じもある。戦死者数、戦果においては内容に大きな差がある。
 航空特攻は海軍が多く、2,531名 特殊潜航艇(甲標的・海竜)隊員:440名 回天特攻隊員:104名、震洋特攻隊員:1,081名 合計:4,156名
陸軍は陸軍航空特攻隊員:1,417名である。そもそも、陸軍の航空部隊は対ソ戦用であり、爆撃機や防空戦闘機で、また、外洋の航行技術も無く、米艦隊に到達できないうちに迎撃されるものが多かった。片道燃料だけというのは陸軍ではない。陸軍では出撃した半分に近い帰還機があり、彼等は福岡の振武寮に隠蔽された。鹿屋は海軍、知覧は陸軍の前線基地であった。攻撃対象の位置に野戦局に応じて、発信基地は異なり、フィリピン戦ではフィリピン、台湾などからも出撃したし、終戦間際になると浜松などからも出撃した。
 特攻要員の選定も、志願、指名と両方あり、最後は前日空中戦で帰還した操縦士に翌日指名がかかることもあった。映画などのドラマにあるような単純な志願状況ではなかった。
 この本ではそうした様々な実情が語られている。特攻隊員のほとんどが学徒兵であり、海兵出身は少数であった。海軍の全航空特攻作戦において士官クラス(少尉候補生以上)の戦死は769名。その内飛行予備学生が648名と全体の85%を占めた。
 特攻を特徴づけるのが軍部の日和見主義と無責任な形式主義である。特に、海軍は末期においてはシステマティックというか、機械的に特攻を送り出した。陸軍は特攻隊員には前日料亭で遊ばせたり、温情的な場面もあったが、いずれにしても、けしからん話であった。5月以降は支援戦闘機もつけず、爆撃機だけで向ったり、桜花といった重量のある兵器を抱え、殆どが敵地に向う途上でグラマンに撃墜されていた。殆ど死にに行くようなものであった。無意味になった作戦を変更もせず,メンツにこだわった軍部の無責任さには驚く。戦犯になった指導者だけではなく、戦後自衛隊で活躍したり、議員、企業経営者などになり、過去の反省どころか、真実を歪めて自己保身に走った。自民党の大臣がしばしば、日本の戦争理解においてとんでもない発言をして辞任させられたが、歪んだ歴史解釈の結果だ。東京裁判史観も変だが、彼等もデタラメなのだ。このことは特攻だけではない。終戦までの1年間は負け戦と分っていて戦闘が続けられ、一般市民まで含めれば200万人はそのために亡くなっている。まさに、犯罪行為であった。

 かつて、戦没者の遺書や手記が「聞け、わだつみの声」など出版された。切々としたものは感じられるが、遺書などは厳しい制約下で書かれたもので、特攻隊員の実態は分らない。特攻の真相は語られないで来た。証言の多くが90歳前後の高齢者であり、最後の本音を語っている。戦争に生き残った彼等は戦死した戦友、既に通説となった特攻に対する、これまでの将官たちの発言にも気を使って来た。その噓や責任回避には怒りを持っていたに違いないが、皆、懸命に企業戦士として、また、自分の家族の為に一生懸命生活に追われて来た。しかし、今や何も恐れるものは無い。この門田氏の著作は真珠湾攻撃の生き残り、桜花や橘花などの特攻兵機に取り組んだ特攻隊員、ミッドウェイ開戦の証言など、通念を覆すものであり、壮絶の一言につきる。
圧巻は、二度特攻で生き残った隊員、さらに突入しようとして、偶然海中に不時着してしまった隊員の話である。これは文芸春秋でも掲載されたが、何度読んでも凄い。

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by katoujun2549 | 2011-08-10 21:57 | 書評 | Comments(0)