「激動のトルコ」9・11以降のイスラムとヨーロッパ 内藤正典著 明石書店

書評「激動のトルコ」9・11以降のイスラムとヨーロッパ
 内藤正典著 明石書店
 
 トルコは3・11東日本大震災に100億に及ぶ義援金を送り、これは台湾に次ぐ額となっている。これを親日と言わずして何であろう。日本にとって大切な国である。
 オバマ大統領は初めての欧州歴訪の最後にトルコを選んだ。クリントン国務長官が仲立ちにトルコはアルメニアとの 国交を回復、京都議定書の批准、国連安保理の非常任理事国への選出など、国際社会において存在感を高めている。EU 加盟問題なども含め、トルコの国際情勢における戦略的位置についての解説書として信頼感のある内容である。一橋大学教授として、内藤氏は学生を引率し、トルコ、ドイツを訪問、トルコのEUとの関係を今日的視点で、学生の視点—トルコの若者との交流、ギュル大統領へのインタビューも含め密度の高いトルコ事情を説明している。夫々のテーマ設定が大きなテーマであり、語り尽くすには荷が重いが、鋭い観察と若者の目で見た精一杯の整理が行なわれている。

1.イスラームとトルコ
 
第1章 歴史の転換点を迎えたトルコ(内藤)
 
第2章 世俗主義の崩壊?トルコ情勢のいまを読む(栗林)
 
第3章 PKK問題はいかにして世界に波及したか(東)



2.トルコとヨーロッパ
 
第4章 憧憬と蹉跌—それでもEU正式加盟をめざすトルコ(中村)

第5章 疎外と内向—EU拡大統合路線の限界とトルコ加盟(浮田)
第6章 ドイツのトルコ人—線引きする側とされる側(高見)



3.ヨーロッパとイスラーム
 
第7章 ドイツにおけるスカーフ論争(堀)
 
第8章 創られたイスラーム像
    ムハンマド風刺画問題とは何であったか(小山)
 
第9章 多文化主義の実像—ムスリムをめぐる四つの物語(後藤)

 
終章 トルコはこれからどこへゆくのか(内藤)


 
コラム ラマダンへようこそ(新発田)
 スカーフをかぶった少女との出会い(新発田)
 
恋する心と体の関係(廣田)

 

あとがき(一橋学生+内藤)

 トルコは、どこへ向かうのか? 2006年から07年にかけて、国家と国民の針路をめぐって、激しい議論と政治的に大きな事件が起きた。最初はイスラーム主義に立つ老練な政治家、ギュル(前外相・副首相)を大統領に選出するかどうかであった。総選挙では、与党の公正・発展党(AKP)が圧勝。AKPは、02年以来、政権を担ってきた。エルドアン首相やギュル大統領は、90年代に閉鎖させられたイスラーム主義政党(RP)の福祉党の出身。
AKPは総選挙の最中、中道色をアピールしたが、実際にイスラーム主義路線を捨てたのかどうかは大きな議論となった。選挙後、政府は憲法改正に着手「よりリベラルに、より民主的に」をスローガンに、「市民の手による憲法」を制定する過程で、憲法原則であり改正不可条項になっている世俗主義を骨抜きにする方向を打ち出しつつある。

 一方、隣国イラク北部に拠点をもち、トルコのクルド人たちの分離独立を主張する武装組織PKK(クルディスタン労働者党)によるテロと攻撃が激しさを増していった。トルコ軍兵士や民間人に犠牲者が急増し、07年だけで100人を超える死者がでる事態となった。世論は沸騰し、ついにPKK掃討のために北イラクへの越境攻撃を行うことになった。この問題は、トルコ共和国憲法において、同じく改正不可条項とされている「国民と国土の絶対不可分」の原則に関わっている。
 トルコは、中東地域の安全保障に重大な影響を及ぼす。

 世俗主義をめぐる問題は、イスラーム圏での民主化が、西欧とは異なる道筋で達成できるのか、それとも西欧の模倣をしなければ達成できないのか、という根本的な問いにつながる。イスラーム的民主化は成功するのか? それとも民主化には、国家と宗教を切り離す世俗主義が不可欠の条件なのか。欧米諸国が、こぞって中東・イスラーム圏の民主化を求めている今、トルコの将来は、この大きな課題への答えとなるだろう。

 
トルコ共和国の基盤となってきた「世俗主義」と多民族構成からなる国の形を守る「不可分の共和国」という二大原則が崩壊する可能性もあり、崩壊の後に、何がもたらされるのか。宗教の、あるいは信仰実践の多様性を認めた場合、圧倒的多数を占めるスンニー派のイスラーム法が、結果として「規範」になってしまうことは十分予測可能である。逆に、世俗的でありたいと願う人々の権利と自由が、将来にわたって脅かされない保障はない。
 

 その一方で、本書でも紹介されているように、イギリスやドイツなど西ヨーロッパ諸国は、文化の多元性を規制する方向に転換しつつある。あいつぐテロ事件や暴動の結果、ムスリム移民に対する同化圧力は強まっており、多文化主義は、ヨーロッパにとって、もはや好ましいものではなくなりつつあると言ってもよい。スウェーデンの爆弾と無差別銃撃テロ事件が物語るヨーロッパ人の抵抗感がある。 つまり、トルコとヨーロッパでは、文化の多元性に関する方向性が正反対になっているのである。トルコが、EUの圧力で、遅まきながら民主化と自由化をめざしたと解釈するのは単純すぎる。ヨーロッパでは圧力にさらされているイスラームが、トルコでは主導的な立場となって、自由と民主主義を求めている。それが、今後の中東・イスラーム世界と西欧との関係に、どう影響するのかを注視する必要がある。(内藤正典氏の論説から抜粋)

  エルドアン政権は国民の支持を背景に、これまで、度々クーデターを起こして来た、世俗主義の軍を掌握しつつあり、先般、参謀長など軍幹部を辞任に追い込んだ。政権は独裁的になりつつある。
エジプトやリビヤ、さらにシリアの民主化運動の行く末にトルコの世俗主義と民主化は大きな影響を与えるであろう。かつてのオスマントルコ帝国が宗主国として支配された国々が警戒心もあるが、トルコ経済の繁栄を目の当たりにし、どうトルコを取り入れて行くのか、注目すべき情勢が始まっているのである。

[PR]
by katoujun2549 | 2011-07-31 22:16 | 書評 | Comments(0)