特攻:日本が世界史において果した大きな役割。歴史は社会科学か

 門田隆将氏の講演会を聴いた。「蒼海に消ゆ」の出版記念として如水会館で行なわれた講演には100人超の聴衆が集い、松藤大治大尉の足跡と特攻による死の意味についてのお話に耳を傾けた。4000人以上の犠牲を出した特攻は無惨な事だったのか。それはこれまでの日本の歴史的姿勢であった。断じてそう思いたくない我々の気持に答えてくれたお話であった。これを覆すかのような力強いメッセージを伝え、歴史的な意義は何だったのかを語られた。

門田隆将氏
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 日本は確かに米英ソ中と戦い1945年に降伏した。戦争に至る我が国の軍事行動、政治、さらには文化も否定された。東京裁判と戦争への反省を含め、自虐的な歴史観とマルクス主義的な理解が教育の現場を支配していた。自分もその教育を受けた世代だ。教科書はともかく、教師の口からは、基本的には歴史的必然性として、社会は共産主義に向う流れ、そして、下部構造と上部構造、生産力の発展による政治的な矛盾が歴史を変革させることが、個々の歴史的な出来事の意味として語られた。そこでは万人の死は統計であり、個人の貢献より全体が中心となる。では独裁者の行為は100万人数千万人の死に責任が無いのだろうか。高校生ながら納得がいかなかった。歴史の発展とともに世界は進歩していつかは完成に向う。歴史はそのような方向を持って進化するという考えかた。進化論である。

 進化論では何億何兆という生命体の死も絶滅した種の統計に過ぎない。しかし、夫々の歴史的な出来事ーカイロス:時間の分岐点が次に何をもたらしたかを説明できなければ説得力が無い。近代史、特に、アジア、アフリカの現代史を説明することは難しい。また、国民の人生や、行動に関する結果を説明できなければ空しい作業である。大学に入って知った、マックスウェーバに驚いた。プロテンスタンティズムの倫理と資本主義の精神、なぜ高校の教師は人間の精神が社会の構造を決定する歴史的な見方を教えてくれなかったのだろうか。
 
 門田氏は我が国が第二次世界大戦で戦った主力が、大正世代である事を明らかにする。大正生まれの若者が大平洋戦争を戦った。昭和20年に18歳から34歳の人々は皆大正生まれだった。大正時代の人々の200万人が亡くなった。この人々の戦いは敗北だったのか。いやそうではない、勝利だったという。では何に対してか。これまでの歴史の流れを変えたという意味で勝利であったのだ。20世紀の前半まで、世界は科学によって強力な軍事技術を手にした欧米世界に支配された。とくに、白人社会である。これに唯一立ち向かったのが日本の若者であった。この影響はアジアの人々には大きな力となった。 

 かつて、日露戦争における勝利が、ロシアに苦しめられたトルコ、フィンランド、さらにイギリスの支配下にあったインドに大きなインパクトを与えた。では太平洋戦争はどうだったのか。インドネシア、ビルマ、インド、そして、アメリカの黒人の解放に、さらには中国の共産党政権にどれだけ貢献したかである。日本の中国駐留軍と一般人が蒋介石の計らいで、無事日本に帰国した。毛沢東と周恩来も日中国交回復に熱意を示した時には、日本人に敬意を持って接した。ナチスドイツとソビエトとの関係ではない。江沢民の反日教育は共産党の腐敗を隠そうとした彼の陰謀である。勿論彼等は日本との戦争を経たが、欧米社会と戦った日本の役割を分かっていたのである。辛亥革命を支えたのは日本人、宮崎滔天であった。蒋介石も魯迅、孫文も日本に敬意を抱いていたのは、日本が欧米と戦ったからである。
 
 20世紀の後半に世界を主導した多くの指導者達が日本の戦いに感銘を受けた。欧米世界にただ一人立ち向かった我が国の若者の行動にである。特攻で亡くなった若者は、自分の親、兄弟、そして子供、後輩のために死地に向った。しかしその結果は無惨な失敗ではなく、世界を変えたのである。歴史を記録するには理論が必要かもしれない。しかし、歴史を動かすのは人々の感情、情念ではないか。今の、パレスチナや、イランなど、批判があるが、自爆テロも、神風特攻を模範にしている。若者の熱い気持が世界を動かさないことはないのだ。アメリカ白人社会で苦労した日系二世の心の中に、白人社会に一矢報いる気持が無かっただろうか。一粒の麦、死して多くの実を結ぶ。これは現実なのだ。このような世界史的な意義をもって説明しなければ彼等の死は報われないという事でもあるが、白人支配を世界から撥ね除けた原点が太平洋戦争であり、さらにほその象徴、特攻であった。この門田氏の論には一同おおいに盛り上がり、力づけられた。

 実証的なデータによって、歴史的事実を検証する方法論は、歴史学において必要である。しかし、様々な出来事の関連性や因果関係を法則的に理論として構成するのは極めて危険な気がする。マルクス史観が弁証法をもって、歴史を分析し、世界が共産主義に向って発展しようとしている事を立証しようとした。一世を風靡した理論であった。しかし、歴史も,政治も不確実な要素に満ちあふれている。解釈であるうちは良いが、説明のできない事が多くなると破綻して行く。世界は共産主義に向っては動いて行かなかった。マルクスは産業革命、さらに資本主義社会の限界や構造を鋭く分析した。貨幣と労働価値の説明は確かに説得力がある。ところが、生産材の供給、市場の論理が説明できない。さらには歴史を担った個々の人々の意味を説明できない。
 
 歴史は時間概念である。普通に流れる時間がクロノス、ある特定の期間、時点がアイオーン、出来事の前後によって歴史の意味が変化する時間の分岐点(jeder Zeitpunkt)がカイロスである。このカイロスを結びつけ、意味を考えるのが歴史、Geschichte ゲシヒテである。この概念は精神的な面での歴史的な影響を説明する事が出来る。太平洋戦争を担った多くの若者が,歴史を変えたという意味において、松藤大治大尉もクロノスの中で、世界の動きを作り、アジア諸国の今日を導いたという意味に置いて勝利した。個々の事実を知り、その意味を考えることが歴史認識の中で重要な作業であることを教えてくれる門田氏の講演であった。

講演後のサイン会
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by katoujun2549 | 2011-07-02 11:04 | 国際政治 | Comments(1)
Commented by 辺野瀬 at 2013-01-31 23:26 x
歴史教科書問題をヒストリエとゲシヒテの区別で見た場合、たとえばどういうことがヒストリエで、どういうことがゲシヒテに当たるのか教えて下さい。日本軍のアジア諸国への侵攻はヒストリエで、欧米からのアジア民族解放(大東亜共栄圏樹立)がゲシヒテですか?南京大虐殺については、日本軍が南京で殺戮を行ったことはヒストリエに属し、30万人ほどの規模の大虐殺というのは日本の左翼と中国側にとってのゲシヒテということでしょうか?