トルコは面白い

 最近、青梅街道の中野警察の隣にあるトルコ料理バー、トロイによく行く。行きつけのプチ小西は11時までで中野坂上では遅くなるとこの店しかなくなる。トロイは遅くまでやっているので、夜家内の世話が終わった後、ビールとか、トルコのワイン、焼酎ーRakiを飲む。トルコのビールDARKは何故かチェコとかドイツのビールに近い味がして本格的である。RAKIを飲むと夜よく眠れる。
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 ファルークとアリの兄弟がやっている。クルド人の親族もいたり、彼等は東京の各所でトルコ料理屋をやっていて、客の来ない時にはよく食事に来る。トルコはトルコ人、クルド人、ロシクルド人、アラブ人、ラズ人、ギリシャ人、アルメニア人、ヘムシン人、ザザ人、ガガウズ人などの少数民族も含み他民族国家である。トルコ国内にクルド人は1140万人いる。彼等はこれまで、日本で散々苦労して、お祭りのシシケバブ屋台とかをやって資金を作り、店を開いた。奥さんは日本人で可愛い男の子がいる。奥さんのご両親は国際結婚に反対だったので、彼は一生懸命働いて結果を出したい。弟のアリはまだ、23歳の若者で、女性に人気。ちょっと危ない感じがいい。しかし、実にさっぱりした、楽しい青年だ。酔っぱらいの客にも丁寧に我慢強く接客する。

トルコの葡萄から作った焼酎RAKI

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e0195345_126446.jpg激辛のエズメ、ゴマのペースト・フムス


 トルコ料理は世界三大料理(中華、フランス、トルコ)である。ケバブチキン、激辛エズメ、伸びるアイスクリームなどのメニューが主だが、さっぱりとしたヤギのチーズとか、ビタパン、サラダも結構旨い。トルコは農業国である。富の格差とか、問題は多いが、とにかく、第二次世界大戦で中立国だった為、国土が荒廃しなかった。20世紀の初頭、アルメニア人虐殺事件とか、戦後のキプロス問題などでヨーロッパ人にはオスマン帝国以来の不信感があり、EUには入れない。戦後経済不振の時期が長く、クーデターもあり、政情も安定しなかった。しかし、湾岸戦争でアメリカに協力するようになってから経済の成長が始まった。現在、アフガニスタンにも派兵している。政教分離の穏健イスラム国で、観光客は酒も飲める。何といっても6000年の歴史があり、古代オリエントから、トロイなどのギリシャ植民地、ローマ帝国の遺跡、イスタンブール、イズミールと、東ローマ帝国ビザンチン、オスマン帝国の歴史遺産が豊富で、ヨーロッパのように破壊されないで残っている。もちろんカッパドキアなども有名な観光地である。

 トルコは親日国家である。かつて、エルトゥール号という軍艦が遭難したときに、村人が総出で救出、500人が溺死したが69人の船員の命を救った。生存者が数十メートルの断崖を這い登って灯台守に遭難を知らせ、通報を受けた大島村(現在の串本町樫野)の住民たちは、総出で救助と生存者の介抱に当たった。この時、台風により出漁できず食料の蓄えもわずかだったにもかかわらず、住民は衣類、卵やサツマイモ、非常用のニワトリすら供出するなど献身的に生存者たちの回復に努めた。日本は生還者を軍艦でトルコに帰還させた。
         エルトゥール号
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 100年後、その歴史的出来事にトルコ人は感謝し、恩返しをした。イラン・イラク戦争の時、300人近い日本人がイラクに取り残された。イラクが航空機を攻撃する危険を犯し、救出機を送ることが意思決定できずにいた日本政府。ところが、要請がないのに、旅客機をトルコは送ってくれた。日本に取っては恩人なのだ。日露戦争のときも、ロシア艦隊が黒海を通過したことを日本に通報し、日本海海戦に日本が勝利した事を自分達の事のように喜んでくれた。今回の大震災の義援金もトルコは100億円を越え、台湾に次ぐ額であった。

 これはトルコの建国の父、ケマルパシャが士官学校の生徒だった時代に、エルトゥール号遭難の義援金をトルコに持って行った日本人、山田寅次郎の影響があったと推察される。彼は日本の民間からエルトゥール号事件の犠牲者の遺族に対する義捐金を集めるキャンペーンを行い、事件の翌々年に、集まった義捐金を携えて自らオスマン帝国の首都・イスタンブルに渡った。彼は熱烈な歓迎を受け、このとき、皇帝の要請でトルコに留まることを決意した。山田はイスタンブールに貿易商店を開き、士官学校で少壮の士官に日本語や日本のことを教え、日本政府の高官のイスタンブル訪問を手引きするなど、官民の交流に尽力した。彼が士官学校で教鞭をとった際、その教えを受けた生徒の中にトルコ共和国の初代大統領となったムスタファ・ケマル(ケマルパシャ)もいたとされる。
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今の首相エルドアンのリーダーシップは欧米も一目置く。ダボス会議で、イスラエルのペレスと論争し、時間を与えない主催者に憤慨、席を蹴ったので有名である。ガザに支援物資を送った船をイスラエルのコマンドが攻撃したが、アラブ世界と西側を結びつける重要な立場におり、イランとの関係改善にも貢献が期待される。石油・ガスに関してだが、黒海で開発を進め、2002年の段階から生産を始め、近年石油は100億バレル、ガスは1兆5千億立方メートルと莫大な埋蔵量であることがわかった。 これにより2023年から40年間にわたって、国内消費分を賄うことができるようになるとの見通しである。その他石炭、マグネシウムなどの金属資源もあり、21世紀のトルコの未来は明るい。これまで石油開発が遅れている理由は良くわからないが、イラクやイランに近い、クルド人の多くすむエリアでうかつに開発すると独立運動になりかねないからだろうと思う。
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 エルドアンもかつては過激なイスラム主義者だった。99年には扇動罪で投獄された経験もある。その後穏健派に転じ、現代トルコ史上最も安定した政権与党の党首となった。宰相不幸社会といわれる日本と対照的だ。国のリーダーの資質で国が活性化する典型である。一方沈滞する原因が指導者の力量不足となって停滞が続く日本。

 エルドアンの指揮下で、AKPは全国規模の選挙(国民投票も含む)に5回勝利。政教分離の原則を振りかざす司法の介入や軍のクーデター計画を乗り切り、政権発足後8年でGDPを倍増させた。リーマンショック後マイナスに落ちたが、2010年は8.9%の高成長である。5年もの国債の利率は9%近く、高利回りである。国際収支赤字と対外債務の膨張が難点である。都市部の繁栄に対して、イラン国境や北部のクルド人問題や国境での不安定要因はあるし、キプロスでの対立を抱えているが、平和の維持が発展の礎。今や、中東の平和への鍵を握る国である。日本はODAではなく、トルコ・リラ債を買い、トルコの資金収支改善に協力する時期に来ている。

(クルド人二人のアポ、同名で良く似てる。兄弟ではないが同郷)

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 日本が国際社会で中国との関係を大切にしたがるのは、国内市場に行き詰った企業が活路を中国に求めた結果である。ところが、これが日本に対する優越的な中国政府の姿勢を招いている理由だ。このような国とまともにお付き合いする必要があるのだろうか。せいぜい欧米に蚕食させて、日本は後方基地でしっかり儲ければ良いのではないか。反日教育をするような国にリスクを伴う投資は避ける方が賢明。将来進出企業は痛い目に合うだろう。企業レベルの関係を政府が支援しても国民に還ってくるものは少ない。一方、台湾やインドネシア、オーストラリア、インド、そしてトルコは親日であるし、この関係を絶対に失ってはならない。中国は日本をボイコットするリスクを持っている。横暴な振る舞いが近年目立つ様になった。日本は目先に囚われ、上手くやっていける国々との交流をおろそかにしていないだろうか。中国以上にこれら諸国との外交、国民レベルの交流を推進することの方が国益上得るものが多いと思う。韓国も中国も既に支援すべき国ではない。日本がハッピーなのは東南アジアであり、足元はそちらにある事を忘れてはいけない。ブラジルやアフリカなどもそうだが、ーーーるにも拘らず、こうした国々が中国や韓国の野望の餌食になっている現実がある。




More以下mNewsweek から抜粋

革命の波が広がる中東諸国で、イスラム政党が各国で政権を掌握する可能性が出てきた。穏健路線への転換を目指す地域のイスラム主義の指導者がお手本と仰いでいるのが、トルコのエルドアン首相だ。

 亡命先から帰国したチュニジアのイスラム政党指導者ラシド・ガンヌーシは近々、トルコの首都アンカラを訪問する。政治的な主流派になるには「イスラムと近代主義の両立」が必要であり、エルドアン率いる公正発展党(AKP)に学ぶべきだと考えるからだ。

 エジプトのムスリム同胞団もエルドアンを見習い、穏健政党「自由公正党」を結成。少数派のコプト教徒も取り込んで、今後の選挙に打って出る計画だ。モロッコのイスラム政党は、トルコと同じ「公正発展党」。ヨルダンのイスラム行動戦線は、アブドラ国王との会談で「トルコ型」の政治を求めた。トルコのシンクタンクが最近行った調査では、75%のアラブ人がトルコは「イスラム教と民主主義の共存の成功例」だと考えている。

 エルドアンもかつては過激なイスラム主義者だった。99年には扇動罪で投獄された経験もある。その後穏健派に転じ、現代トルコ史上最も安定した政権与党の党首となった。エルドアンの指揮下で、AKPは全国規模の選挙(国民投票も含む)に5回勝利。政教分離の原則を振りかざす司法の介入や軍のクーデター計画を乗り切り、政権発足後8年でGDPを倍増させた。
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by katoujun2549 | 2011-06-25 09:04 | 国際政治 | Comments(0)