東日本大震災と原発事故 ー無免許運転の原発ー

  日本という国の実態が明らかになったのが、今回の東日本大震災と原発事故だ。津波被害にあった被災地では、まるで核攻撃にでもあったかのような廃墟が残され、多くの被災者を生んだ。人々の義援の動きや、被災者がこの現実を忍耐を持って受け止めている姿は、国際的な賞賛の的であった。
 その反面、政府の対応の遅さ、さらには、与野党政治家の政局にこだわった動きは、世界の失笑を買っている。日本のリーダー達のいい加減さと智慧の無さである。自衛隊をはじめ、地方の行政官の献身的な働き振り、米軍の素早い行動など、これまで埋もれて来た集団の素晴らしさに気付かされた。いくらここで愚痴を言っても国際社会は日本人全体がだめということになる。

 特に今なお不安定な状態が続いている原子力発電所事故で国民は覚醒してしまった。このことがエネルギー政策に議論を呼び、事態の改善に進むことを願う次第である。
 
 原発事故とその対応に当る政府の実情で露呈した事は恐るべき事だ。原子力の安全を守る仕組みのいい加減さと危機管理の無さである。にも拘らず、今国内には55基もの原発があり、さらに2基が建設中だという事にも加えて、このお粗末なのだ。日本は原発を大量に保有し、維持できる程の成熟した国ではないのである。今後も恐しい事が起きても不思議ではない。

 原発を作ることは今の建設技術ではそれほど難しいことではなくなった。ところが、問題は設計どおり施工されているのかだ。作っているのは清水建設や、鹿島建設でも、実際の工事に当っている人は、全く無名の,原発の意味も分からない職人だ。細かな手違いは、現場合わせで規格の違う部品などが適当に組み合わされる。

 そして、最も問題なのは安全管理であり、今回で分かったことだが、事故の対応については全くガタガタなのだ。変だと思わなかっただろうか、今回の事故で、2人が被爆した。懸命に働く作業員にはお気の毒だが、放射能汚染水を浴びてしまうような不注意な監督が行なわれている。少し考えても分るだろう。危険な仕事を好き好んで選ぶ人はいない。皆、何らかの事情でやっているのである。肝腎の東電の社員は優秀でも安全なところにしか行かない。彼等は高給で優遇され、お世話になってる電力会社の為に、噓も平気でつく。国民に対して何ら根拠が無くとも、口癖のように人体には影響ありませんとマスコミに公言する人達だ。被曝への対応はお粗末で、放射能防護服すら揃っていない。映像で見る、白い防護服は汚染された塵を外に出さない為のもので、放射能を防ぐ機能がない。こうしたものを揃えさせるのが上位にいる人の仕事です。原子力保安員とか、安全委員会のこれまでの管理は書類審査ばかりで、実態をチェック出来る体制ではない。例えば、配管がきちんとメンテナンスされているかといった、それほど高度でもないチェックですら放置され、電力会社が下請けに丸投げしている。現場を知らなければこれは出来ないこと。そもそも、通産省の担当は3年以上は担当せず、すぐに移動してしまう。保安院だって専門家は少なく、全くのドシロオトが原発を管理している。これには内部告発がある。平井憲夫さんという元原発職員だ。彼は被曝を原因とすると思われる癌で他界している。
http://genpatsu_shinsai.tripod.co.jp (原子力発電がなくても暮らせる社会をつくる国民会議)

だから、電力会社のいいかげんな技術者も査察に来た役人なんぞ、お茶の子さいさいで、政府の役人が来ても適当にあしらわれて、後は裏でご接待だ。連中は誰が詳しく、要注意か分かっている。少数の詳しい連中もいるだろうが、狙い撃ちに接待と、天下りで電力会社に組み込まれる。このことは自分も電力会社とつきあっていたし、役所の許認可事業を担当していたから良くわかる。どこでも同じだ。それは上がだめだから、皆同じになる。
 そうした連中は役所では日の当らないグループだから組織に対する忠誠よりも自分の利益を優先するのは当然。必要不可欠な技術を持っている人間を大事にしない組織の為に誰が働くだろうか。こんな簡単な事を報道しないマスコミも同罪である。

 汚染水は「軽度」ということでこれまでも垂れ流され、時には高濃度の排気も少量ということで放出されている。だから、周辺の海を調査して検出された放射性物質も放射性ヨウ素は半減期が短いが、津波事故の影響ばかりとは言えないのではないか。コウナゴなどは寿命が短いから他の物質が何時の時点でどこまで蓄積されて来たかは分からない。長生きのスズキとかで調べないのだろうか。周辺住民は発電所のお陰で仕事を得、人口に対して信じられないような交付金が出る。住民は黙らざるを得ない。

 この東電のていたらくを見て、国に任せるべきだということを言う人がいる。とんでもない。狼にニワトリを預けるようなもんだ。国がいい加減だから、原子力保安院も、安全委員会もいい加減、まともな安全性チェックも危機管理も出来ない。2005年に起きた姉歯事件、構造計算偽造事件を思い出してもらいたい。千葉県の姉歯という設計士が地震などに対する安全性の計算を記した構造計算書を偽造していたことを国からの受託会社イーホームズがチェックできず、耐震偽装問題とも呼ばれる。これも民間企業がやっていたかのような他人事に思えるが、実際の審査は国からの天下りがやっていて、外部委託だからといって知らん顔はできない。不本意な結果を出した仕組みに対しても国は責任がある。

 通産省は電力会社に天下りをおしつけ、文句言われたくないから、電力会社は喜んで引き受ける。これまでも言われている官僚と企業の悪しき関係の典型である。マスコミも、人々も14年前の旧動燃の東海村事故の事を忘れている。あれは住友金属の子会社JOCが起こした事故だが、実際は電力事業連合会と国の管理の杜撰さに原因がある。 97年3月11日に発生した東海村の再処理工場爆発事故と、8月26日に発覚した東海村の廃棄物ドラム缶大量腐食放置事件は、動力炉・核燃料開発事業団(動燃)と科学技術庁、自治体の茨城県の腐敗メカニズムを浮かびあがらせたが、ドラム缶以上に技術官僚と役人をここまで腐らせたのは、東京電力であった。過去の教訓を生かせないような国が原発を持つ能力があるのだろうか。まるで、自動2輪の免許しか無い奴が一般道をF1のレースカーで走っているようなもんだ。

 原発はエネルギー政策上不可欠だという理由は分かる。しかし、全体の仕組みがどうか、短期的なコストは安くとも、全体のコストは計り知れない巨額な規模。原発を作って二酸化炭素が下がったりしても喜ぶのはIAEAや国連に行けるエリートだけだ。原発で我々が受ける恩恵は真夜中でもコンビニや自動販売機が煌々と町を明るくし、街灯で星も見えないことなのではないか。廃棄物はむつ小川原の処理場に持って行けば済む事ではない。高濃汚染されたものやプルトニウムは宇宙にでも放出しなければこの世から消えない。
 津波被害を受けた地域のかいがいしい奉仕と努力、また、崩壊した原発で命がけで働く人々に対して、国の指導者のいい加減なシステム作り、政治家の無能さにあきれるばかりだ。そんな国に先端技術ー安全管理という意味でー制御する社会的能力が無いのだ。無免許運転をしている国が、いくら原発が必要だと言っても、首を縦に振るのは難しいのではないだろうか。暴走族からは危険なスポーツかーを没収すべきなのだ。

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by katoujun2549 | 2011-04-16 12:02 | 国際政治 | Comments(0)