新しい資本主義 (PHP新書) 原 丈人

 氏の著書「21世紀の国富論」の続編である。リーマンショック以降の経済を語るという意味に置いてはおすすめである。原氏は言う。「会社の存在価値は、まず事業を通じて社会に貢献することが第一で、その結果として株主にも利益をもたらすというのが本来の姿です。企業価値の向上は結果であって目的にはなりえない。しかし、目的を実現させるためにあるはずの手段を、簡単に目的であると、勘違いしてしまう悲しい習性をもつのが、人間というものなのかもしれません。手段と目的の転倒というこの現象をもたらすのは、一体何なのでしょうか? その最も大きな原因がものごとの数値化にあると考えています。人間が幸せになると言うことが一番の目的で、お金持ちになることやGDPをあげることは幸せになるための手段でしかないのです。しかし、お金やGDPは目的化され、その思考が個人にまで波及する。仕事を通じて生きがいをつくり、その結果として個人も金銭的な富や社会的充実感を得る。その実現のために会社があります。」
数値目標の典型が、IRRとROEであるという。これらはいずれも、短期的に利益を上げる事に経営の軸足を移しがちだ。長期的なプロジェクト、社会性の高い事業で利の薄いものなどに関心が無くなってくる。おそれに拍車がけるのがストックオプションである。金融工学を駆使して、お金がお金を生む仕組みを作った方が勝ちとなる。人間は土日を休むがお金は休まないし、世界中を飛び回ってくれる。これは経済学が「完全競争」「参入障壁がない」「機会均等」という実際とはかけ離れた仮想前提ー実験室の中の出来事にもとづいて成立しているために起きたことである。これに対して、今は廃れたマルキシズムの方が現実を見ている。
 確かに金融工学が貢献した部分はある。リスクをヘッジし、緻密な計算により実物経済の乱高下を防ぐこともできるだろう。しかし、この手法に何らルールも無く、巨大な資金が人間生活の根幹をなす食料やエネルギーに影響し、国の経済を破壊する規模に膨れ上がった時どうなるかである。
 しかし、人間には利己心があり、他人の幸せだけで生きているわけでもない。この利己心を無視しては社会は活力を失ってしまう。東洋人はこの人間の両面を、陰陽、虚実という概念でとらえて来た。人間の活動というのは、つねにゆらいでいる。キリスト教でも救いと罪という概念がある。企業の自己保存の活動と社会貢献は矛盾せず一体である。物事を科学的にとらえる手段としての数値が目標になって様々な問題を起こすのである。数値目標病ともいうもので企業経営が陥り易い道である。
 スティグリッツの非対称の経済学も読んだ。'01年ノーベル経済学賞・スティグリッツの経済学を直弟子がやさしく解説2001年「非対称情報下の市場経済」という経済分析の発展に対する貢献で、三人のアメリカの経済学者にノーベル経済学賞が与えられた。医療や保険など、これまでの市場経済原則が通用しない分野に関して、経済学的な視点でスティグリッツは説明してくれる。これも経済学の対象である。しかし、ベンチャービジネスやファンドビジネスが推進した歪んだ社会を最も古典的に批判したのはマルクスである。
 経済学の世界からマルクスが消えて久しい。しかし、彼の資本主義経済の陥り易い陥穽についてマルクス程鋭い指摘をした人はいない。ソ連の崩壊とともに、資本主義経済と社会主義の緊張関係が崩壊したことも今日の倒錯した市場主義の原因である。


 
[PR]
by katoujun2549 | 2011-04-14 17:17 | 書評 | Comments(0)