終わらざる夏(下)浅田次郎著

「終わらざる夏」 浅田次郎著 下

 戦争は悪である。兵士達にはそれぞれの人生と生活、そして家族があった。故郷で夫や恋人の帰りを待っている。彼らの生活を破壊し、未来を奪うものが戦争である。
 英文学出版社に勤務する片岡は米軍との和平交渉の通訳要員として召集され、秘密裏に占守に運ばれる。この意図を粉飾するため、2人の「特業」要員も召集された。盛岡の貧しい人々のため働いてきた医学生の菊池、熱河作戦と北支戦線の軍神と崇められた車両運転要員の鬼熊が召集され、彼らが占守島に運ばれるまでのドラマがぐいぐいと物語を引っ張って行く。3人の占守島への旅を軸に、片岡の家族、焼け野原の東京、片岡の長男、譲の疎開先からの脱走、鬼熊谷や満州から占守島に転属したベテランの戦車兵など、様々な場所でのそれぞれの「戦争」が描かれる。下巻は占守島の人間模様として、勤労動員された函館高女の学生達の話、少年戦車兵、参謀将校の物語も描かれる。この小説のクライマックスは占守島の戦いよりも、むしろ、8月15日の日を皆がどう迎え、新しい時代に向かったかである。多くの人間模様が終戦が彼らの戦いの始まりである事を読者に感じさせてくれる。
ソ連兵はスターリングラードからベルリンまで進撃した狙撃師団の兵達であった。歴戦の勇士である彼らが、何故戦場に行く事になったかも描かれ、最後に占守島で激突する。
 
 しかし、これだけ盛り上げているわりには最後が尻切れのような感じが残念である。戦闘の模様が断片的なのである。最終章では片岡が翻訳したヘンリーミラーのセクサスの断片がシベリアの参謀将校の遺品の中から医師の菊池が見つけるシーンで終わっている。最後の戦闘から過酷なシベリアでの彼らの苦難の描かれ方が中途半端なのである。そのあたりが残念だが、戦争末期、残された家族の姿が切々とした感じで、人情を描かせれば天下一品の浅田次郎らしいところ。

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by katoujun2549 | 2011-02-17 16:48 | 書評 | Comments(0)