永遠の0 百田尚樹著

 今日、本屋に行ったら「永遠の0」(百田尚樹)というのが結構売れているってんで買って読んでみました。実は中野坂上のワインバーKonishi(小西)で隣の可愛いい女の子が面白いと言ってました。戦争を知らない世代にはこんな感じ(程度)がいいんかなと思った。題名のとおり、零戦の話である。
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大戦生き残りへのインタビュー回想録である。緻密さに欠けるが、分かり易く、1日でも読み切れる内容。特攻の志願に関する解釈などはちょっと物足りないが、空戦シーンなどの描写はリアルな感じがでている。結構、評判の作品である。特攻で亡くなった祖父、宮部の戦友を孫が巡るという形式。今や戦中派の孫が今や社会の第一線の時代。現代の自爆テロのことも比較したりして、この辺が若い人向けに工夫した感じ。確かに、現代における若者の問題意識ともどこかで接点が欲しい。

 昔読んだ、柳田邦男の「零戦燃ゆ」は零戦の誕生から太平洋戦争での戦いと、特攻までの最後をドキュメントとして描いた名作である。それに対して、この永遠の0は零戦パイロットを主人公に、緒戦から最後の特攻まで、太平洋戦争を概観するように出来ており、これまで、近代史を知らなかった若者には格好の大戦史となっている。そもそも、敗戦国であった日本政府は、アメリカの指導のもと、戦前の日本軍が、いかに無謀で、非合理的な戦争を行ない、文明国アメリカに必然的に敗北したかを中心に国民にキャンペーンを行なってきた。これは当時の占領軍の日本人が戦争を起こす気力を失わせる為に仕組んだ戦略でもあった。その呪縛が無くなり、今になってこのような戦史が登場したのであろう。

 零戦は開戦当時、世界的な先端機能を持ち、圧倒的な戦力を実現した。ところが、源田実が、パイロットの命を守る防御版を省いた為、また、被弾した時の防御を考えていなかったため、被弾した時に引火し易く、その為に多くの若いパイロットの命が失われた。そもそも、正式名称は零式艦上戦闘機であり、汎用機というより、空母に搭載され、雷撃機や艦爆を護衛することを主眼に設計されていたものだが、戦闘機としても地上攻撃にも使われた。アリューシャンで不時着した一機を徹底的に調査し、グラマンなどの新型機を次々と生み出したアメリカの工業力を基盤とした米軍の戦闘機の性能向上に対抗できなくなっていた。零戦を何年も使用しようとした軍部の誤りを訂正できなかったことは悲劇であったし、その後、陸軍の疾風といった優秀な戦闘機の開発、量産が間に合わなかったことも日本の航空戦力の限界であった。しかし、戦後雷電とか、日本の戦闘機に質のよい航空燃料で試験したら、グラマンとひけを取らなかったのにアメリカ人はびっくりしたそうである。烈風は開発が1年以上遅れた。これが登場したら戦局が変わっていたと言われるが、そもそも、そこが差だったわけだ。

 ラバウルに駐留した零戦搭乗員は往復7時間以上かかるガダルカナルまで、ライターと言われた一式陸攻を援護すべく連日出撃を強いられた。帰還用燃料をつみ、空戦時間も10分と限られた不利な状況で歴戦のパイロットが次々と帰らぬ人となっていく。レーダーで位置を探査され、先回りされ、さらに必ず2対1で上空からの一撃離脱戦法を繰り返されて満身創痍の戦いとなっていく。一方、陸上でも、米軍を舐めきった参謀本部の誤りで、戦力の逐次投入により、多くの日本兵が攻撃に失敗、餓死して行く状況も語る。言い尽くされた戦史であるが、改めて、かつての日本という国の無責任さと、軍の愚かさを分かり易く訴えている。軍部は消滅した。しかし、官僚は無傷で残ったのであり、あの無責任、無反省という過ちは今も続いている。

 物語はさらに、マリアナ沖海戦、特攻の開始と、学徒兵による特攻の進展と敗北へと進んで行く。宮部少尉は若い特攻隊員の育成の教官となる。特攻兵器桜花の失敗、沖縄特攻の失敗と続くが、軍部は無反省のまま、米軍の侵攻を前に日本の軍事体制は崩壊して行くのである。物語は最後のドンデン返しがあるのだが、この部分は後のお楽しみ。


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by katoujun2549 | 2011-01-31 14:30 | 書評 | Comments(0)