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終わらざる夏 浅田次郎著

浅田次郎著 終わらざる夏(上)

 浅田次郎に庶民の人情を語らせたら右に出る者はいない。この作品も東北の寒村、職場や学校から「赤紙(召集令状)」1枚で戦場へと送り出された兵士達の物語である。東北弁が切々と別れの心情を伝えてくれる。大戦末期、既に多くの若者が戦地に送られる中、軍隊に行かなかったのは何らかの理由がある。何らかの障害があったり、徴兵検査で即日帰郷となった者、帝大医学部の学生などである。この物語は召集担当の役人が、その名簿を作るところから始まっている。応召兵達達はそれまで日常の中から突然召集令状を受け取るとその妻や母たちにもドラマが生まれる。疎開した児童と教師たち。各家に、1通1通赤紙を届けた役場の職員、その名簿を作成し戦死の内報をも書いた在郷軍人、受け取る家族の姿を切々と描く。

 太平洋戦争は8月15日で終わった訳ではなかった。詔書発布も玉音放送もただちに停戦命令を意味しないことが付記されている。武装解除は8月25日である。太平洋戦争の記録は、もっぱら英米を中心とする連合国側の資料が中心である。中国戦線も、満州へのソ連侵攻も、さらには南樺太や千島の戦いは日本人には伝えられてこなかったのが実情だろう。日本軍最強の部隊が何と、無傷で千島に残されていた。日本は当初、米軍はアッツ・キスカの後、千島から攻めてくると思ったのである。満州から戦車部隊を中心に、この舞台になった占守島(シュムシュ)での戦闘に向かって物語は進んで行く。浅田次郎は元自衛官だっただけに軍隊の事も詳しい。この島にソ連軍が上陸、戦闘でソ連兵3000人が死傷するという激戦が行なわれたことは硫黄島や沖縄戦の陰に隠れて戦後知られていなかった。占守島の激戦は大戦末期日本軍が勝利した唯一の戦いである。スターリンが北海道も占領すると言う野望をとどまったのは、この戦いにおける犠牲だったということが,近年明らかになっている。

九七式中戦車チハ
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by katoujun2549 | 2011-01-31 13:26 | 書評 | Comments(0)