悪魔のささやき 加賀乙彦著 集英社新書

 加賀氏の「不幸の国の幸福論」前編ともいえるものである。悪魔というのは極めて宗教的なことばだが、我々の心の中に生まれる、欲望とか、攻撃性、疑惑といった情念を総じて「悪魔」ということもできる。人は意識と無意識の間の、ふわふわとした心理状態にあるときに、犯罪を犯したり、自殺をしようとしたり、扇動されて一斉に同じ行動に走ってしまったりする。その実行への後押しをするのが、「自分ではない者の意志」のような力、すなわち「悪魔のささやき」である。我々の脳には、意志の力を越えた抗い難い弱さが有る。例えば、ギャンブル依存症などは、賭け事で味わった快感に支配され易い脳の機能的な力によるものである。

 加賀氏は精神医であり、統合失調症の患者が、頭の中で、実際声が聞こえてくる患者の話もあるが、我々日本人の心にある、気という形で社会を支配する力についても説明している。苛めにみられるように、全体の雰囲気に支配され易い我々。オウム事件、かつて、日本人が、狂気のように戦時体制に組み込まれて行った姿と、あっという間に民主主義を受け入れた過去の姿に悪魔のささやきを感じる。魔がさしたような多くの事件は一般の人との境界は低いということである。個の精神の潤養、生と死に関する問題から逃げない事、自分で考える習慣などが、悪魔のささやきから自らを守る道である。氏は東京拘置所の精神医官として、死刑囚や長期未決囚の精神症状を観察して来た。現在東京拘置所で最も有名な人物は麻原彰晃である。直接会ってみた氏の見解では、完全に精神に異常を来しているという。しかし、公的見解は異常なしである。彼は、現在公判に耐えられる状態ではないという。長期の拘禁状態によって独特の症状を呈する。
 
 現代人もコンクリートの建物の中に住み、高層住宅ではそうした管理された生活において類似の環境にある。何故、あれほど高学歴で、優秀といわれる若者が、オウムの荒唐無稽な宗教観や教団の仕組みに取り付かれたのかについて社会的背景と、オウム内部の犯罪的システムについて見解をのべている。戦後、若者は宗教や価値観によってものを考えることを避けるようになった。新興宗教はその感激を狙い、無菌状態にある若者の心を狙っている。教団の12層になる階級制度は、受験勉強に浸って来た、そのなかの勝者だった経験を持つ若者の心をとらえた。もう一つはイニシエーションと称して、洗脳の仕組みを作ったことで、なかにはLSDなどの麻薬や向精神薬を使用した違法行為によるものも含まれる。この教団が、何故、麻原の選挙戦敗北後凶暴化したかは謎だ。彼の精神を回復させる治療が待たれる。この事件は関係者を死刑で処分して闇に葬れば終わりになるというような事件ではない。喉もと過ぎて簡単に暑さを忘れる日本人であるが、ここにおいても悪魔が隙を伺っているのだ。

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by katoujun2549 | 2010-09-24 12:34 | 書評 | Comments(0)