死刑制度

  昨日、加賀乙彦氏の講演を聴いた。「老と幸福」という演題でお話されたが、肩の凝らない語り口で、敦煌旅行で砂漠の会という旅行会を編成して行った時のこと、フランスで巡礼者用ホテルで1ヶ月20万円のお値打ち旅行を企画して、自由な生活を満喫する方法をご披露頂いた。年を取ると、男性は特に孤独になりやすい。女性は仲間作りが上手で、おしゃべりを楽しむ術を心得ている。孤独にならないことが免疫力や生きる力を与えてくれる。このことが、平均寿命の差になる。自分が何か社会の中で役に立っているということが幸福感をもたらすという加賀氏の体験から、60歳過ぎてからの生き方に示唆に富んだ話であった。ハンディキャップを背負った若者が、ハンセン氏病患者のお世話に情熱を燃やす中で生き甲斐を見出したことなども事例として話された。「不幸な国の幸福論」を読んで彼の論旨は分っていたので、目新しい感じは無かったが、悠々とした語り方に好感を覚えた。

 彼は死刑制度反対論者でも有名だ。特に、死刑制度の実態を描いた「死刑囚の記録」小説「宣告」などで制度に対する考え方は伝わってくる。拘置所の医官をしていた加賀氏は死刑囚の精神病を調べ、研究された方である。勿論その囚人の過去の罪は重い。かつて、死刑はヨーロッパでは公開され、斬首、車裂き刑、磔など残虐な方法がとられたし、死体も曝されたり、死刑囚の人権は無視され、見せ物にもなっていた。残酷な印象のギロチンはむしろ当時としては苦痛を最小にする工夫と言われた。これをルイ16世は人道上の理由から導入したが、自分がこれにかかる皮肉もあった。

 しかし、残酷な刑に犯罪の抑止効果がないことは通説である。死刑囚の人件も尊重されるようになった。ヨーロッパでは死刑は廃止され、イスラエル、アジアでも中国、北朝鮮、日本、マレーシア以外では行なわれていない。アメリカでは死刑制度を廃止した州も多い。何故80%の日本人が死刑を容認するアンケート調査結果が出るのか。それは死刑の実態を情報公開していないことから来る。先般の千葉法務大臣の指示による公開は、処刑場の無機質な感じが伝わってくるに過ぎない。しかし、処刑場を公開しただけで、その実態を必ずしも説明していない。むしろ、人道的な扱いをしていることをPRするかのような報道であった。処刑されるまでの拘禁の実態、判決から処刑までの期間の長さなどは日本の場合むしろ異常である。アメリカでは死刑は関係者に公開されるが、日本では闇に葬られるのである。日本人は社会の制度としての効果や意味に対する感度が低い。感覚的なものの見方が多く,あまり考えようとしない。

 国民感覚というものが実にあやふやなのである。加賀氏の意見では死刑が多かった江戸時代からの伝統的意識、応報感覚などが多くの支持を得ている原因である。実態として、判決後、長期にわたる拘禁状態が2年以上続き、死の恐怖は毎日だ。死刑囚の独房は狭く、無機質である。そうした中で精神の異変を起こす死刑囚が多い。刑を執行する意味が何か、受刑者も執行者も分からない状態になる。それなら、一定期間以上執行されない囚人は終身刑によって生涯被害者の為に刑務所で過ごし、罪を償い、労働奉仕することの方が社会的には意義が有るのではないかと思う。死者は還ってこない。被害者遺族の気持ちは理解しなければならないが、加害者を死刑にすることで、被害者の遺族は満足するのだろうか。さらに被害者の家族の苦しみはかえって複雑なものになるのではないか。現状のままであるならば死刑を廃止するメリットの方が大きいということが加賀氏の見解だと思う。

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by katoujun2549 | 2010-09-13 13:11 | 国際政治 | Comments(0)