計見一雄著 精神医学の虚実 統合失調症あるいは精神分裂病 講談社

統合失調症は今どうなっているのか。何故統合が失調するのか。精神はどのように分裂するのか。
精神病の実態は言葉の意味からしてシロオトには分りにくい。

計見一雄 著 「精神医学の虚実ー統合失調症あるいは精神分裂病」 講談社アチェ

 著者は千葉県精神科医療センターでの臨床医としての経験を交えながら精神医療のあるべき姿を伝えようとする。精神病において最も苦しんでいるのは患者自身だ。もちろん、家族も医療従事者も脳の生理機能が解明されない中で格闘してきた。

 「21世紀になってもう5年経ったが、この病気に曙光は射さないのだろうか。暁暗から薄明かり位は見え、ものの輪郭がみえてきたというところだろう。その輪郭というのは三つくらいの現象が見え始めた事を指す。一つは脳研究の進歩であり、一つはそれと同行して前進している薬物の効果であり、もう一つは精神科医療、特に病院医療の改善である。私がやってきた精神救急医療も近年ようやく経済的な裏打ちを得て、相当伸びそうな勢いである。この三つがそれぞれ別個のものとしてではなく、互いに結びついて、研究と臨床をすすめて行くなら、事態は大いに変わる。それこそ精神医学のあけぼのになるだろう。・・・・・」人間の脳の機能というのは解剖学的見地と、生理学的領域の進歩の格差、さらには薬学的な研究が調和してこなかった。

 リスパダールなどの非定型精神薬はかつてのセレネースといった定型精神薬に代わりつつあり、第一選択薬となった。定型薬はこれが効かない時に選択される。安定性や副作用の軽減に貢献している。選択的セロトニン再取込阻害薬(SSRI)でジェイゾロフトなど効果発現は遅いものの副作用が少ない点は評価できるといえます。他の同類薬より強力です。抗うつ作用と抗不安作用をあわせ持つので、うつ病に加え、パニック障害にも適応します。ただ、最近ではより効果のあるトレドミンとか、セロトニン促進剤で癲癇にも効くデパケンなども興奮鎮静によく使われる。セロトニンの役割がかなり分って来たということだが、これも一種の仮説であり、完全に治療できる内容かどうかは今後の調査研究を待つ。しかし、病気を治すということではない。症状を安定させているにすぎない。病院はこれまで、収容の場、あるいは拘禁の場でもあった。場合によっては一種の監獄である。

「精神病の伝統的モデルは陰性症状と陽性症状が繰り返される。「統合失調症というと、とにかく慢性防と決めてかかって、現象的に、あるいは社会的に層のように理解した方がいい場合もあります。年金診断書を書く場合とか、福祉的政策を立ててもらうときには、それは極めて重要な視点です。・・・・・・」
精神医が頼りにするのはDSMⅣ、ICD10といった基準である。しかし、これらの基準は慢性的になった症状を分類したもので、初期のケースや、リハビリによる変化などを見て分類したものではない。むしろ、アメリカの健康保険等での活用につながる整理になっている。実際の薬の種類や量を導くものにはなっていない。

「伝統的な見解は、病気が長引くにつれて、社会的能力は低下し続けるという説だが、これは間違い。実際には加齢と共に人間が練れて来て、むしろ、適応はよくなります。
ただし、閉鎖収容処遇下では上の謬説が実現してしまう。むしろ、年とともに話が分かるようになってくる。完全に働けるようになれというのは無理な話であっても、実はハンディキャップがあって自立できる人の方が多い。」

 患者の入院による治療よりも、退院後の社会復帰を目指したリハビリや職業訓練によって症状を一種のハンディとして乗り越える事が大事ではないだろうか。衝動的な行動や異常な言動が抑えられた段階で、在宅あるいはリハビリ作業等で回復を導く技術が今後期待される。「適切な退院後リハビリテーションを受けた集団の長期予後の調査があります。これらはほぼ時を同じくして違う場所で行なわれた調査にもかかわらず、結果はほぼ一致しました。55%の患者たちが普通の人々と同じ生活をしていた。ヴァーモント報告ではほぼ普通のという意味を、「側で働いている人々が普通の人だという」と当時のヴァーモント州の平均年収1万ドルに近い収入を得ている。(実際は9700ドル)という極めて明快な基準で判断しています。だから。右肩下がりにどんどん低下して痴呆になるなんて言うのは全くのウソである。ウソと言って悪ければ、科学的真実ではないと言い直します。」

 著者は千葉県精神科医療センターという駆け込み寺的な病院の所長として臨床を経験し、患者の立場に立った治療を行なって来た。その体験にもとづく現場ならではの様々な症状も興味深い。患者の好きなようにやらせようとしたら、病院の蛍光灯を400本も壊されてしまった。その患者は蛍光灯の光が嫌いだったのだ。衝動的な症状、また、妄想が続き、家族が耐えかねてこの病院に患者を連れてくる。とにかく、拘束状態から解放し、さらには出来るだけ短期間で症状を和らげ、退院に持って行く。そうした努力の中で患者の立場に立った治療というのは全く苦労の連続だろう。
 

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by katoujun2549 | 2010-09-03 16:35 | 書評 | Comments(0)