J.ダワー著 敗北を抱きしめて(下)

 日本は敗戦によって天皇の地位や軍隊などにおいては大きく変化した。また、男女平等や基本的人権の尊重、言論の自由等戦前とは全く異なる変革を遂げた。しかし、今日の政治経済の低迷がどこから来ているのかを考えると、肥大した官僚組織、指導者のいない政治、硬直した企業や経済など、戦争中と戦後の占領政策の影響があることとが分る。
 日本は戦争直後に民主化の道を進んだかのように見えたが、それはつかの間のことで、実は官僚的な占領軍の影響のもとに、官僚支配と経済の集中は形を変えて進められた。GHQによるリベラルな民主化は途中で東西冷戦の中に組み込まれ、むしろ後退した。ところが、日本は1960年代から80年代まで、高度成長し、日本人自身が驚く程の発展を遂げた。やがてかつてのような傲慢な民族論や侍精神の復活もみられるようになった。しかし、ダワーはエピローグで述べる。「集団としてのアイデンティティやイデオロギーを作り上げる材料として知恵、人種、文化、歴史が利用されている。しかし、21世紀への戸口にある日本を理解するためには日本という国があいもかわらず連続している面を探すよりも、1920年代後半にはじまり、1989年に実質的に終わったひとつの周期に注目する方が有用である。数十年間のその年月は短く、かつ、暴力と変化に富んだ時期であったが、これを精密に観察すれば、戦後日本モデルとされたものの大部分が、実は日本とアメリカの交配型モデルというべきものであったことがわかる。このモデルは戦争中に原型が作られ、敗戦と占領によって強化され、その後数十年間維持された。そこに貫いていた特徴は、日本は脆弱であるという恐怖感であり、最大の経済成長を遂げるためには国家の上層部による計画と保護が不可欠であるという考え方が広く存在したことであった。この官僚制資本主義は、勝者と敗者がいかに日本の敗北を抱擁したかを理解した時はじめて、不可解なものでなくなる。・・・」このことは何も日本側に認識されていないことではない。しかし、失われた10年という低迷と、21世紀に入って政治経済の混迷が続く中、再び思い起こされるのである。
 日本の戦後はどこで終わったのかという問いに対して、ダワー氏は明確に、1989年と言う。昭和天皇が崩御した年である。戦後の高度成長の基盤となったものが、実は戦争中の総動員体制を築いた産業基盤と官僚制、そして、GHQすなわちSCAPであった。連合国軍、米国の太平洋陸軍[4]総司令官・マッカーサー元帥、すなわち連合国軍最高司令官(SCAP)が構想した国の形があった。
 
日本の戦後が終わったのは1989年と言う。昭和天皇が崩御した年である。戦後の高度成長の基盤となったものが、実は戦争中の総動員体制を築いた産業基盤と官僚制、そして、GHQすなわちSCAPであった。連合国軍、アメリカ陸軍の太平洋陸軍[4]総司令官・ダグラス・マッカーサー元帥すなわち連合国軍最高司令官(SCAP)
 「敗北を抱きしめて」は上下巻1000ページを越える大作。上巻は日本の降伏という衝撃に日本人が一種の文明ショック状態に陥った様子を見事に描き出した。カストリ文化や焼け跡闇市、天皇陛下とマッカーサーとの会見など、戦争中から180度転換した日本人の変わり身の早さと、当時のエリート層の無責任ぶりが描かれる。実に生き生きと社会変化を描き出した。下巻は戦後日本を形成した重要な政策について米国側の資料も駆使し、その裏面史を語る。
天皇の地位に関するGHQの政策誘導、そして人間宣言、天皇陛下の全国巡行
、そして憲法改正や東京裁判と大きな問題に正面から向き合う。さらに、SCAPによる思想統制、検閲やレッドパージなど、民主化の流れが逆流し、朝鮮戦争が始まる。朝鮮戦争特需から新しい日本の産業構造が形成される。
 戦後の占領政策は講和条約とマッカーサーの解任によって終了した。GHQは日本の官僚制度を活用して、一部は強化した。確かに内務省のような抑圧装置は解体したが、実際には官僚制度を活用し、経済においても統制経済を利用した。この仕組みが高度成長を促進し、さらに今日における停滞の原因にもなった。
 日本国憲法は世界的にも理想主義を取り入れた先進的な憲法であった。第一次世界大戦後のパリ不戦条約や基本的人権の尊重、特に男女平等などはアメリカなど戦勝国の憲法にも見られないものだ。しかし、最も注意を向けられたのが天皇の地位であった。憲法改定に当っての日本の指導層の様々な抵抗や対応は全て失敗した。日本側の大日本帝国憲法の修正案は、松本蒸治を中心に、当時の法学者、特に美濃部達吉などの重鎮も加えて策定されたが、そもそも明治憲法自体が、欧米の目から見ても、奇怪な憲法であった。ダワー氏は吉田茂の研究で博士号を取っただけあって、吉田茂の行動に関しては実に丁寧に、描いている。GHQの憲法案に戸惑う日本のエリート達。白州次郎の活躍も描かれている。米国側が憲法策定に当り、大プロジェクトチームを編成し、短期間に
新憲法を作成した経緯は驚くべきものである。日本がこれを押し付けられたとうより、当時の国民感情から前向きに受け止められたものだった。国会の承認において反対決議を出したのが共産党の7票だったというのも面白い。
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by katoujun2549 | 2010-07-22 10:35 | 書評 | Comments(0)