アフリカ・レポート 松本仁一著 岩波新書 

 アフリカ諸国は1980年代までに植民地からの独立を果した。ところが、今日のその政治経済は目を覆うような状態だ。長い植民地時代が人々にとっては大きな負の遺産となった。社会的責任感、公共の精神といった近代国家に必要な政治的基盤を育てなかった。だから、国の形はあっても、国家の指導者も国民も部族社会の慣習から抜け出せない。さらに困った事に、帝国主義によって、部族が列強の勝手な国境線によって分断され、国によってフツ族とツチ族といったアンバランスな少数民族比率で部族対立を煽る結果を残した事だ。特に、政治指導者が育っていない。特徴として、次の4つが上げられる。

 (1)政府が順調に国づくりに取り組んでいる。(2)近代国家の形成に努力するが、運営技術が未熟でなかなか達成できない。(3)国の指導者や幹部が利権を追い求めるため国づくりが遅れてしまう。(4)指導者が利権にしか関心が無く、国づくりへの意欲が全く無い。(1)の順調な国はボツワナくらいで、(2)はガーナやウガンダ(3)が一般的で南ア、ケニア(4)は多く、ジンバブエやスーダンなどだ。これをなかなかジャーナリストも公に出来ない。アフリカ諸国から人種差別主義者という非難攻撃が浴びせられ、取材できなくなる。彼らは、今日の混乱を全てかつての宗主国、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギーなどの欧州各国のせいにする。しかし、それだけでは無い事が明らかだ。

 かつての植民地宗主国はなかなか有効な支援もできなくなりつつある。当時の社会的インフラが破壊されているからだ。今年サッカーワールドカップが開かれる南アフリカはアパルトヘイト時代とはいえ、治安を守る実効的な仕組みがあった。治安の維持は国の基幹であり、献身的で優秀な警官を育成する仕組みもあった。ところが、今や殺人事件の起訴率は01年で25%、05年には1日50人の殺人事件で、毎年50〜60人の警官が殺された。警官の給料は一向に上がらず、命をかけて公務に就こうと言う人材は毎年減少し続けている。サッカー大会に向けてこうした状態が改善されたという統計を政府はなかなか公表しない。今回の大会が最も危険な大会であるという理由である。マスコミもなかなか言いにくいのだ。隣国の悪名高いムガベ大統領にジンバブエ、モザンピークから、不法移民が流入し、彼らが都市に集まり、犯罪の温床を形成する。
 
 アフリカは資源の宝庫だ。しかし、石油等の天然資源でGDPは上がってもその収益は民衆に還元されずに、一部の幹部が握り、しかも、その金は海外に逃げてしまう。最近、津波のように中国人がアフリカに進出し、資源を抑えている。ところが、その条件になる援助は中国企業が請負い、労働者も中国人で、支払った賃金も皆本国に還流されて地元に何も残らない。まるで、イナゴの大群のような彼らに対して、政府幹部は賄賂をもらい何の対応もしない。安価な中国商品を大量に送り込んで現地の市場を独占してしまう。
 西アフリカのセネガルでは旧宗主国のフランスが援助の名目で「コーペラン」という行政顧問を送り込んだ。現地の官僚は彼らに頼り切り、行政は実質彼らの主導権のもとにある。そこにフランス企業が乗り込み、行政情報を先取りして、全ての果実をさらっていく。フランス語圏はアフリカに14カ国あり、新たな植民地政策をたくらんでいる。フランスには多くのアフリカ人が移民し、低賃金労働から抜け出せない。
 アフリカに必要なものは、先は自立心であろう。所謂、奴隷根性、植民地根性を捨てる事であり、その土地の本来の知恵を回復する事だ。商社マンの話しでは、現地従業員はとにかく責任回避が実に巧みで、ミスを認めないとか、他人のせいにすることばかり考える。それは白人支配の中で懲罰をおそれ、また、彼らも人材を育てる事を故意にしなかった。それでは責任感ある企業人は育たない。
 さらに都市の形成が不十分で、下水や都市インフラが不足している。都市生活の中で、学校や道路、広場や公園等公共の共有資産があることで、国づくりへの精神が育つのだが、これが出来ない。南アフリカでは義務教育を実施しても教材を買えない生徒がどんどン脱落し、その対応も政府はしない。公共の精神が幹部にも無く、マンデラ氏の元夫人はダイヤモンドの買い付けにその旅費を国に負担させたことがバレて請求を受けた。国は単なる搾取の仕組みに過ぎない。南アフリカは未だ良い方だ。国づくりに対する意欲はある。こうした国に対して、ODAが国対国の関係で行われ、砂漠に水をまくような結果を招いて来た。国が最も危ないのだ。

 しかし、自分達の統治を自立した姿で成功した例がソマリランドである。北部のソマリアは人権侵害や内戦により荒廃した。しかし、ソマリランドは部族長が戦争停止を呼びかけ、武器の回収に成功し、平和を回復した。
今回、南アフリカでワールドカップが開かれる事になったが、不安要素を暴露することよりも、彼らの願いに耳を傾けることも大切だ。彼らはスポーツを通じて、子供達の健全な成長、学校に戻ってくること、治安の向上を祈るような気持ちで、その効果を期待している。実際スポーツにはそうした力がある。南アフリカの成功が、アフリカの人々に自信と希望を与える事が21世紀のボトルネックを打開するかもしれないのだ。
 
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by katoujun2549 | 2010-05-06 22:28 | 書評 | Comments(1)
Commented at 2010-05-13 12:16 x
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