確定申告

 3月15日は確定申告〆切の日だが、全く日本人は真面目な民だなあと思う。この時ばかりは税務署は親切でいろいろ書き方も教えてくれる。彼らからすれば、計算間違いとか、書類の不備で、殆ど大した金額にならない一般納税者の書類が差し戻しになったり、書き直す手間を考えれば、親切にしなければ、結局自分の首を絞めることになる。本当は自分達のためなのだ。我が国は企業においては所得税、地方税は源泉徴収で給与から天引きされ、現役の勤労者は納税意識が希薄だ。これを全部自己申告することになったら、政治への関心とか、官僚に対する監視は厳しくなる筈。

 アメリカ独立戦争が、紅茶に税金をかける英国に反発したボストン市民が、インディアンの扮装で港の積み荷を海に投げ込んだことがきっかけだったことを見ると、納税意識の差が政治意識の差につながることを物語っている。そのような歴史的な体験もふまえ、我が国の官僚ができるだけ、政治意識を喪失するようなシステムを維持したいのだろう。テレビ番組のレベルの低さは国民を常に低レベルであると位置づけた方が彼らには得だからだ。それに対して、世のエリートグループは税金の無駄使いに始まり、現職首相の納税感覚の無さなど、その無能さは少しも変わらない。あの難関東京大学ではこんな事を教えているわけではない。しかし、これは社会に入ってからエリートが育っていない証拠なのだ。例えば、東京大学を卒業して官僚になると、毎日寝る間もない程こき使われ、専門性も身に付かぬまま2〜3年でたらい回しとなるが、流石に頭はいいから仕事はこなす。課長になるまでは身を粉にして働く。ところが、その間、勉強がおろそかになる。エリートというのは実際は沢山の仕事をしてはいけない。とにかく、国家の行く末を見通せるだけの勉強が必要なのだ。仕事をするのは権限が出来てからなのに、リーダーになった頃はすっかりふぬけになって、縄張り争いに奔走する。内部抗争をしているうちに意識だけは自分が支配階層と思い始める。これは企業等国民や周囲がチヤホヤするからもあるのだ。我が国のリーダーは相変らず、傍若無人であるか、又は大衆の感覚からは遊離している。自分が国家を代表している自覚はあるかもしれないが、国民と共にいるという感覚が抜けてしまう。何も君臨している訳ではないのに勘違いしている人もいる。

 かつて、日本軍はそのモラルの高さと優秀さを誇っていたが、その殆どが、下士官以下のことで、将官クラスの無能振りは悪名高かった。ノモンハン事件、日露戦争の時もそうだった。敵の将官は日本軍の上級将校の拙劣な作戦に大いに助けられた。彼らはとにかく教科書に書かれた作戦しか出来ないから、砲撃があると必ず歩兵の突撃が時間どおりにある。準備万端整えたところに、ちゃんと攻撃してくれるのである。弾幕の矢面に立つ兵、下士官はいい迷惑。ところが、実際の日本軍将兵の捨て身の攻撃に震撼したのだ。同じ事を独ソ戦の名将ジューコフが回想録に書いている。撃っても撃っても戦車も無く、命がけで突進してくる日本の将兵に恐怖感を持っていた。こんあことは逆に彼らの教科書には無い。兵というのは将校が油断すると逃げるものなのだ。だから、昔から集団隊列の訓練を行う。そもそも、日清、日露の勝因は、坂の上の雲で描かれているが、秋山好古のようなエリート軍事官僚の功績だと司馬遼太郎は書きたかった。あれは高度成長機に書かれた小説で、官僚礼賛論だ。そんなものではない。命がけで戦った、世界に類を見ない高レベルの下士官と兵が実は主役であった。日露戦争は、政治家、軍上層部、兵士が一丸となって戦った成果だった。ところが、このことが無視され、乃木将軍や東郷平八郎などを英雄視し、日本軍兵士が消耗品のように命を捨てた事ばかりが讃えられた。そこに後の軍国主義の誤解が始まっている。兵隊は一銭五厘と言われ、電報代だけで集められる軍需品として扱われた。その苦難に満ちた我が祖先の命のお陰で今日の日本があることを戦後教育の世界では語られない。今なお日本のエリートはこの事実を認めようとしない。その証拠に、南方のジャングルや珊瑚礁の海底に百万柱の英雄が眠っているのに集収していない。日本軍兵士のモラルの高さは欧米、あるいは当時の中国軍の比ではない。最後まで戦い、そして、速やかに天皇の勅諭後、百万の大軍が平和裏に武装解除し、帰郷したことは世界史にも稀な出来事であった。おまけに、60万もの関東軍がシベリアで労働奉仕までさせられたのだから、我々は今の戦中派の先輩や戦没者に感謝しすぎる事はない。我が国の高度成長だって、集団就職で中学卒業で上京し、身を粉にして働いた青少年が、立派に成長し、日本の産業を支えたことが大きい。海外では彼らは、都市に沈殿し、スラムや麻薬の中で人生を終える。我が国にはこうしたマイナスのコストも少ない。
 
 政府は国民にこれまで補助金をはじめ、現金給付を避けて来た。それは様々な不正やモラルハザードを予測するからだ。しかし、欧米では現金給付による支援は多く行われて来た。例えば、ドイツの介護保険は要介護者に現金給付をしている。何故、日本では駄目なのか考えてみた。それは給付する側の官僚自身が、公金をいい加減に使っていることから来ると見ている。自分がいい加減な事をしているから、受給する国民は何をするか分らないという漠然とした不安である。しかし、今日、税金の申告制度にしても、企業においても、例外はあるが、税務申告は真面目に行われている。時たま大企業の脱税行為が紙面に出るが、これも税解釈の差が未納税になったケースが多い。このことを無視して、自分達の出鱈目さを認識しているからこそ、現金給付をしようとしないのだ。今回の教育や農業給付金は画期的な事だ。確定申告の申請に並ぶ人々の列を見るにつけ、政府の官僚達の無責任さ、さらには鳩ぽっぽの税金無視の政治資金にイライラが増すのである。
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by katoujun2549 | 2010-03-14 19:32 | 国際政治 | Comments(0)