海辺のカフカ

1.カフカ

 村上春樹の作品を1Q84に続けて読んだ。主人公の名前は田村カフカ。彼が家出して四国高松の甲村図書館の佐伯さんという館長の書いた昔のヒット曲が「海辺のカフカ」、さらに登場人物がカフカ少年とカフカをイメージしている。フランツ・カフカの小説、変身では主人公ザムザ氏がある日、突然、巨大な毒虫に変身する。突然、世界が変わるのである。彼の新しい毒虫のような姿にとまどう周囲の家族や周囲の人々。その不条理は奇妙な日常をもたらし、彼を取り巻く世界は変わらないし、明るい未来を予測させない。このカフカの世界は、第二次世界大戦という悲劇を予言するかのような現実感を与え、20世紀初頭のヨーロッパの精神状況を描出した。小説は、その作者の描く世界を通じて私達の精神を描き出してくれる。彼は、この海辺のカフカによって、フランツカフカが描いたような世界の変化と不条理を描く事にはこだわっていない。むしろ、ストーリーにはギリシャ悲劇や雨月物語などのモチーフを使っている。しかし、村上春樹は日本の戦後50年を登場人物を通して小説というキャンバスに描いた。その描き方は一種のパロディでもある。タナカさんという不思議な能力を持った頭の変な60代の人物が登場する。20世紀の災禍であった第二次世界大戦はタナカさんの人生だ。メタファーとして戦後起きた様々な事件を語らせている。タナカさんの最後は映画、エイリアンの一シーンを思わせる。

2.ストーリー

 この小説の主人公は15才の少年田村カフカという名前で一人称で語る。図書館の司書、性同一性障害の大島さんと昔の恋人を大学紛争の内ゲバで失った館長の佐伯さんがカフカ少年を異次元世界に導く。戦争中に超常現象で学習能力を失ったタナカさん、彼を高松につれてくる星野青年といった人物を通して、それぞれの世界を語らせ、全てが高松の入り口の石に結びついていく。村上春樹の主人公はいつも女性にもて過ぎだが。
 登場人物は何故か高松に集まってくる。タナカさんは猫と話したり、超自然現象を予知する能力を身につけた。タナカさんは意味不明の「入り口の石」を探しに高松に来た。入り口の石というのは2001年宇宙の旅のモノリスのような物体。この石の周辺で不思議な出来事が発生する。彼はカーネルサンダースという謎のぽん引きに出会い、石の場所を教えてもらう。夢と現実が錯綜する。夢は現実につながり、夢想は未来に結びつく。父親は時空を超えてカフカ君に殺されたのか、タナカさんが夢の中で殺した猫殺しのジョニーウォーカーマンは時空を越えてカフカ君の父親の殺人につながる。高松ではメタファ的存在のフライドチキンのカーネルサンダースという人物も現れる。佐伯さんはカフカ君の母親としてのメタファなのか。さくらという高松往きのバスで知り合った美容師の女性「さくら」さんは彼の姉という思いにつながるのだろうか。後半になってストーリーはギリシャ悲劇オイデプス王の展開になっていくかに見える。いくつかのモチーフが錯綜する。このあたりの村上春樹の作方は見事だ。
 物語は「僕」カフカ少年が中野の家を出て高松に一人旅してくるところから始まる。村上春樹の世界には、恋愛、旅、暴力、戦争、セックス、童話、SFといった要素を織り込んで読者にサービス精神旺盛な展開があり、どんどん読ませてくれる。今の若者のように漫画やゲームに親しんだ世代に受け入れられる訳であるが、彼は自分のような団塊世代であり、大学紛争や高度成長といった時代精神も共有している。サザエさんは彼の好みではないかもしれないが。

3.メタファな世界との関わり

 世界は実体と形而上的世界、そして時間と空間で構成され、認識される。実体は自己との関わりにおいて現在であり過去であり未来である。メタフィジカルな世界は実体と結びつくこともあるが、我々には混沌として見える。それをとらえるレンズは芸術であるともいえる。宗教は原始的な形であり、神話もそのひとつである。絵画は平面的に時間を止めてしまう。しかし、小説は自由だ。その虚構世界の中で事体とメタフィジカルな世界を錯綜させ、時間と空間を自由に移動する事が出来る。村上春樹の世界はまさにその手法を駆使して、登場人物を通して人間の様々な過去、心の隙間、夢想世界を我々に展開してくる。ある日突然自分が異質な世界に突入する。昨日の良い子が引き起こした殺人、隣の善人がとんでもない事を引き起こす。この世界で起きている異常な出来事の周囲では日常が続く。平和な時代からアウシュビッツに放り込まれたユダヤ人。平和を望みながらもイスラエル軍に攻撃されるパレスチナ難民。内ゲバで間違えられて殺された学生、最大の不条理と理不尽は死である。彼はこの世界に向きあう現代日本の稀な作家であるが、残念ながらこの課題に関しては宗教が専門領域である。この分野に彼がどこまで食い込めるあろうか。というより、小説が宗教に代わってメタファな世界と実体世界を結ぶ事が出来るだろうか。
 文学作品はメタファーな世界である。作家の空想力と言語的表現能力、そして事実と体験を組み込む事で読者をその世界に引き込む事が出来る。村上春樹の海辺のカフカは、そうしたメタファな世界と現実を織り込み、読者を彼の小説世界導く。しかし、虚構を現実感あるものにする手法であるが、それ以上ではない。虚構によって世界は変わらないだろう。夢は人を虚構の世界に導く事はできる。歴史的な世界の記録、メタファな世界、記録や手紙、夢といったものを組み合わせ、戦争、性、暴力、愛と青春を描き出した。小説にはそれを信じたり、実行するという事があるとすれば、現実との衝突を結果的に引き起こす。読者にどこまでインパクトを与え、心をとらえるかが作者の楽しみだろう。


[PR]
by katoujun2549 | 2009-11-06 20:50 | 書評 | Comments(0)