1Q84

 村上春樹の1Q84読んだ。久しぶりに小説を読んだことになる。最近は小説は作り話という偏見から、殆どノンフィクションか論評的なもの、新書、聖書しか読まない。何故これを読んだというかというと、オーム真理教がヒントになっているというからである。自分はあのオーム真理教に何故あのように若者が集まり、大事件を起こすに至ったかがいまだに分からない。このあたりから、日本の若者は精神面で変化し、宗教ばなれし、教会にも来なくなったような気がする。そこで意気込んだが、この本から答えは読めなかった。彼はそもそも宗教にはあまり関心が無い人みたいだ。だから、今年イスラエル文学賞授賞式で行ったとき、基調講演でガザ侵攻を堂々と批判した。彼らの宗教的な動機もあの問題には重要なのだが、その辺り無神経だから、イスラエルに辛辣な批判が出来たのだろう。でも、あのあたりから、村上春樹はなかなか勇気のある男だなという印象を持った。海辺のカフカ、ノルウェーの森などの名作があるがいずれ読んでみようと思っている。1Q84を読んで最初に感じた事は何とも劇画コミックスみたいな小説だなあということ。作者はきっと映画化も視野に置いているに違いない。といってもこのオマージュとしては映像にしにくいところもある。空気さなぎとか、リトルピープルをうかつに映像化すると滑稽な感じになってしまう。この小説は一種の大人の童話であるが、恐怖とか不気味なオカルトも取り込まれている。パラレルワールドというSF的不思議空間の話でもある。
ドラマは天吾という影のライターが「ふかえり」という少女の書いた小説を出版社の陰謀で書き換えて出版したところそれがベストセラーになってしまう。そこから恐怖のカルト集団が不気味に動き出す。彼の周辺の人物が消えていく。もう一人の青豆という女殺し屋は元エホバの証人を思わせる集団の家庭に育ち、そこから脱出した過去を持つ。彼女は柳屋敷という豪邸に住む老女がスポンサーになっており、DVを行うエリート男を消していくのが生き甲斐なのだ。青豆と天吾は小学校のときに出会っているが、この二人のストーリーが並行して進んでいき、最後に接近するところで物語は終わる。
しかし、この中の人物像は何とも小生のような小市民には理解しにくい。自分の周囲にはこんな感じの人は全くいない。主人公の天吾という人物は予備校教師であり、ライターであり、また、柔道もこなし、ドラマーもやっている。一人暮らしで人妻のセックスフレンドもいる。一種の現代のヒーローかもしれない。管理社会の外にいて自由な生活スタイルが取れる。一方、もう一人の主人公、青豆も整体師というかマッサージとマーシャルアーツのインストラクター兼殺し屋であり、これも結構奔放な性生活をしている。愛の無い代償行為のようなセックスだが、二人の主人公は結構相手に困らない。そこが売りだが,流石に村上春樹はポルノにならないように行為までの過程を大切に描き、実行シーンは淡白に描いている。現代のヒロインなんだろう。あまり美人に描かれていないところ良い。この根無し草のような2人は現代の若者のメタファだろうか。「ふかえり」という不思議な美少女、リトルピープルという謎の存在で訳が分からなくなる。月も2つ見えるパラレルワールド世界だからリトルピープルなるものも登場するのだろうか。カルト集団の内容はかつての左翼革命集団から変身した宗教団体という説明だが、実際のオームはそうした社会思想性なかったから、そのあたりはいかにも作り話になってしまう。しかし、登場人物は皆、孤立した人生と不遇な子供時代を送っている。愛情の欠けた家庭が生んだドラマなのだろうか。カルト集団は神秘的な能力も持ち合わせているが、その説明は無い。どうして教祖がそれほど天吾や青豆のことを知る事が出来たのかも分からないが別の世界の出来事だからだろう。奇妙な作風と文学手法が現れたものだ。
 まともな家庭生活は殆ど描かれない。登場人物は皆、家族の愛情を失った人々だ。ファッション、ジャズ、クラシック音楽、自由な生活、そしてグルメなレストランや食事。これらが彼らを慰めてくれる道具立てだ。宗教は神秘的な能力を持った教祖と、盲従する信徒で構成され、明確な教典は無い。実態は不気味な調査能力と報復をする暴力性がオウムと重なる。山梨の山中に集団生活をするカルト集団でほとんどオーム真理教がモデルだが、彼らの心情を描く事は出来ていない。村上春樹はこの問題には関心があって、アンダーグラウンドという小説ではこの事を中心に書いている。このさきがけという集団は武闘派と宗教派がいて、武闘派は警官と銃撃戦を行って壊滅しているという設定。残った連中がヤマギシ会のような宗教集団になっている。ライフスタイル教とでも言うものだろうか。DVを行う男を正義の名の下に青豆は柳屋敷の老人の支持で暗殺していく。これはオームのポアを思わせる。リトルピープルというのはカルトのメタファであろう事は推察できる。この小説の終わり方を見ると、村上春樹はもう一冊続編を書くだろう。

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by katoujun2549 | 2009-10-15 11:22 | 書評 | Comments(0)