教育は未来を切り開くか

1.戦後教育で何が変化したか

 最近のわが国の行き詰まりぶりは戦後教育の結果である。大戦後、松下、ソニー、ホンダなど、我が国の産業は戦争中の猛烈なもの作りへの情熱と鍛え抜かれた職人魂によって導かれた。そのリーダー達は戦前の教育におけるエリート達ではない。戦後の高度成長を支えた経営者達はむしろ戦前教育の落ちこぼれだった人々が沢山いた。近年の創造的な経営者達も、必ずしも学校秀才ではないことが多い。現代において世界、あるいは社会で求められる人材は、新しい壁を破る知恵を持った人々である。そうした人材の厚みがこれからの世界的な競争力の決定的な要素となる。我が国においてこうした人材の層が極めて薄いことはこの難局においては致命的だ。確かに我が国の教育はその内容は大きく変化し、民主教育、無宗教、無道徳、権利意識の植え付けにおいて成功した。しかし、その方法論において殆ど変わっていない。むしろ、統制的、詰め込み、効率性、競争力を強化することが評価される。開成や灘などのエリート校はそうしたことを難なくこなす天才達の集団であり、学校教師と父兄のあこがれである。

2.学校教育の限界と家庭

 自分自身、何でこう思考力が無いかと無念に思う。日本は明治維新以来、昭和20年まで、富国強兵、西欧の軍事的脅威に対抗する事が国是であった。教育もその役割を担っていた。とにかく、いかに要領よく、大量の情報を詰め込み、テストに成功するかが、教育の目標であった。この目的に向けた頭の使い方は世界有数ではないだろうか。ただし、これは日本人だけに通用する能力である。日本の教育では個人の想像力とか、正義を貫く強い意志とかは問題にならなかった。特に義務教育ではむしろ団体への帰属意識とか、軍隊的な統制に従順であることが要求されて来た。むしろ、価値観とか、宗教観、想像力、歴史観、技術的な能力などは家庭で培われる。現在でも卓球の愛ちゃん、ゴルフの石川遼が象徴である。我々の親達の代まで価値観、生活観が戦前の痕跡を残していた。石原知事が何故あのような古くさい価値観を抱いているのか、差別的言動はこのあたりに根がある。海軍軍人の父親の影響である。だから、彼の子供達は我々より上の世代にはすこぶる評判が良い。立派な親の教育のお陰で国会議員にも俳優にもなれるのだ。とはいえ、一般の庶民の方が戦争体験により平和を強く望み、家父長的家族関係、地域の帰属意識、女性の権利能力の尊重、人権感覚などからは早く脱却し、大きな変化を見せている。親の感覚が子供に反映することは今日も同じだ。特に小学校から中学校までは顕著である。我々は詰め込む教育方法と統制的な世界に順応してきた。東京大学を頂点とする偏差値の高い学校の生徒はその傾向が強い。田中康夫などは例外だろう。

3.新しい時代を築く人材は生まれるか
 
 自分で考え、判断し、行動する、独立心ある自由な個人というのは日本では育ちにくい。特に、企業や官庁等ではそうした能力のある人は生きていけない。時たま、運良く競争に勝ち抜いて突出した人材が真の大物になるが、極めて稀だ。海外でも教育には統制とか積め込みは行われる。しかし、それはあくまでも、教師の権威とか、必要なものに限られる。ヘルマンヘッセの「車輪の下」にある世界も19世紀には存在した。アメリカのアランブルーム(シカゴ大学教授)のような右派教養人は日本の方法を賞賛するかもしれない。でも、彼の考え方は独善的で、人種差別を容認し、歪曲したデータによるもので、一部の集団の中でしか共感を得ない。かつてのベストセラー「アメリカンマインドの終焉」を読む人はもういない。今のアメリカで最も成果を上げている学校評価の高得点校は皮肉にもウエストポイント士官学校である。こんなことだから、今やアメリカも行き詰っている。規則に従順である事は学校当局から歓迎される生徒の「徳」であることは同じだ。しかし、日本の場合は全員が右向け右だから恐ろしいくらいに徹底している。

4.今般の選挙で見る日本人 
 今回の選挙についてはマニュフェストがポイントである。然らば、これらを良く読んで自分の政治信条で投票した人がどれだけいるかと思う。全体の1割いるだろうか。今回の選挙にかかわらず、自分が誰を支持したかを他人に語る人は少ない。これは判断基準について語るべきものが無いからであって、政治的迫害を恐れてではない。 
 マニフェストを読んでみれば民主党にも、自民党にも入れる気にはならない。裏付や説得力に欠けるからだ。今回の民主党300超議席獲得は反自民感覚の雪崩現象と言える。今の日本人も第二次大戦のときの日本人も周りの空気になびいて動いた点では同じだ。その根源が受けた教育の結果である。この物を考えない習慣は学校教育で身に付いたものだ。確かに、自分は与えられた材料、テキストや課題を真面目に他人よりこなしてきた。政治家には医師や弁護士等優れた知識人は必要だし、膨大な情報を処理する力量は必須である。経済人等も自分よりそうした事について優れた人は多いが、彼らも自分同様創に造的思考力が、さらに行動においても貧弱なものだ。常に周囲を意識し、与えられたノルマとか資料をこなす事を学校教育や職場でも精一杯やった結果だ。会社を離れてみれば皆ぬけがらのようにボンヤリしたオッサンなのである。イタリアの北側にサンマリノという小国がある。独立国で、200年以上平和である。その国の主要産業は観光とか、土産物、切手である。その国の人々は高齢者が幸せそうだ。若者はサッカーが好きだが、何となく老人ホームの中にいる感じがする。我が国が、国中そのような国でいられるならば別だが。スイスはサンマリノを大型にしたような国だ。第三の男で主人公に追われる悪役男ハリーがプラター遊園地のゴンドラの中でつぶやく。「ボルジア家の下で陰謀やテロが横行したが、多くの芸術家が誕生した。スイスは愛の国だが、500年の民主主義と平和は何を生んだ?鳩時計が精一杯だ」これは演じたオーソンウエルズの創作名台詞だそうだ。
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by katoujun2549 | 2009-09-02 00:18 | 国際政治 | Comments(0)