善きサマリア人

 善きサマリア人として新約聖書にも登場して来る彼らはユダヤ人からは迫害されており、当時ユダヤ人と激しく対立していた。中にはキリスト教に改宗したものもいた。行き倒れた旅人に水を与えるサマリア人は律法主義のユダヤ教レビ人より神の恩寵豊かとイエスは説いた。現代も彼らは独特の生活を守って迫害を受けつつ生きてきたが、700人ほどに減った少数派。サマリア人は紀元前722年アッシリアにイスラエル北王国が滅ぼされてバビロン捕囚となったときイスラエルを去らずにアッシリア人と混血したグループであり、ユダヤ人からはイスラエルの血を汚したと迫害された。しかし小生の知るところでは今日もイスラエルのナプルスに住み、原始的なユダヤ教徒の宗教生活を続けている。ユダヤ教というのは母親の教育で継承されるから、アッシリアの宗教と一時は妥協したが、結局彼らは古代ユダヤ教を守ったのである。特に旧約聖書成立前の方式である全てを暗唱する方式を今も行っている事は注目すべき事である。旧約聖書が教典として成立したのは紀元前4世紀、それまでは暗唱によって継承されていた。
 サマリア人は今なおモーセ五書を暗唱できる事が元服の条件になるが、こうした厳しい宗教的慣習が現在彼らの繁栄を妨げている。そんな事を強要する家族には当然ながら嫁が来ない。旧約聖書ができる前はユダヤ人は特定の一族が暗唱して神の教えを継承していた。昔の宗教的継承はそのような超人的努力によってなされてきた。イスラム教ームスリムも当初はそのように神の言葉を伝えられた。あのコーランの美しい朗読によって。これは誰にでも出来る事ではない。ジハードによる戦争続きであまりに暗唱者が戦死するのでコーランをアラビア語で記した。アフガニスタンのタリバン神学校ではコーランを暗唱している姿が報道されたのを見た。サマリア人に話は戻るが、そのような民族が今もヨルダン川西岸からシリアにいる事は驚きであり、かつてはローマに滅ぼされたユダヤが離散、ディアスポラになった時も多くがパレスチナに残っていたと考えるのが自然だ。今後DNA検査を考古学に活用する技術の進歩で彼らこそ古代ユダヤ人のいきた化石として認識される時が来るだろう。
 一方、シオニズムを信奉してパレスチナに移住して来たユダヤ人(アシュケナージウム)の起源は最近の研究では奇妙な経緯を持っていることが分かって来た。第二次大戦前の1650万人というユダヤ人の90%がアシュケナジウムであった。例の南ロシア起源という説。これはパレスチナ人側のシオニズムを攻撃する論拠となっている。このような説を相手にする暇はないと、イスラエルからは沈黙されてるがその道では有力な説である。ヒトラーはヨーロッパのアシュケナージムをユダヤ人と勘違いして大殺戮したのだ。ユダヤ教を信じないユダヤ人も多くが犠牲となった。ユダヤ人も自分たちが南ロシア人である事を知らないでシオンの地を目指した。本当のモーセの子孫は今のパレスチナ人だ。今でもサマリア人がシリアに残っていることを考えるとローマ帝国にバラされた離散ユダヤ人はエリートたちで民衆は逃げる手もなくパレスチナに大多数は残ったことは想像に難くない。いくらイスラエルの神殿がローマに破壊されても遠い外国に逃げた人は地位のある要人か、移住する力のある人で、当時の多くの庶民、特に農民は土地を捨てて外国まで逃ない。
 DNA解析が考古学の必須技術になりつつある。前にも言ったがアブラハムはクルド人らしい。まあ今のイスラエルにはどうのこうの言っても始まらないが、実は結構気になってる事らしくあたらぬ神に祟りなしの扱い。要は今の大多数のユダヤ人は「モーゼに率いられてエジプトを出たユダヤの民」の末裔ではないのだ。今の彼らは約束の地ではないことになる。大部分は、ユダヤ教に国ごと改宗したタタール系民族で、南ロシアに七世紀から十世紀にかけて周辺諸民族を帝国支配下に置いていたカザール(英語で「Khazar」、ハザルとも記す)王国起源という説が有力なのである。彼らが南ロシアからヨーロッパに移住していったのである。ユダヤ人の中にはアフリカ経由でスペインに渡ったセファルデイという分類の系統もいるが、多分彼らの方が民族的には古代ユダヤ人に近い。
今のパレスチナ人はイスラエルの紅毛碧眼のユダヤ人よりはるかに本来的ユダヤ人だという事だ。この現実は現代イスラエル建国において困ったことだから、イスラエルは何としてでも無視しようとする。

[PR]
by katoujun2549 | 2009-08-28 22:08 | 国際政治 | Comments(0)